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白居易与日本古代文学白居易与日本古代文学
(2012/07)
雋雪艶 高松寿夫 編

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大伴旅人《赞酒歌》的构思与表现 --源于中国文学的影响及短歌的独创 李满红
《枕草子》堺本与前田家本对《白氏文集》的受容堺本的随想群与《和汉朗咏集》 山中悠希
《枕草子》与白居易的诗文 冯海鹰
《源氏物语》"玉鬟十贴"中《白氏文集》的引用 "篝火"卷中"白诗"的转换之妙 阵野英则
《源氏物语》与白居易的《陵园妾》 --"习字"卷、"槿姬"卷与白诗在表达方式上的关联 中西智子
《荣花物语》对新乐府《缭绫》的引用 --训读、摘句方式的白诗受容 岡部明日香
敕撰集中的汉故事题和歌--以对白居易的受容为中心 錺武彦
从诗语到歌语--以"浮生""春梦"为例 隽雪艳
解读《长恨歌》 --兼述日本现阶段《长恨歌》研究概况――下定雅弘
白居易"风情"考 --关于"一篇长恨有风情"的真正含义诸田龙美
惜绢之歌 --《万叶集》、《白氏文集》与朝鲜汉诗 丹羽博之
日本平安时代文人与白居易 --以岛田忠臣和菅原道真与渤海使的赠答诗为中心 河野貴美子
《千载佳句》所载白居易佚诗考辨 --兼论中唐的歌传配合创作 谢思炜
大江匡衡《述怀古调诗一百韵》对白居易思想的传承 木户裕子
高阶积善劝学会诗序考 --白居易诗文与天台教学的受容 吉原浩人
都市研究:京都的都门与杨柳 --五山诗人与王维、白居易的关系 张哲俊
《菅家文草》元禄刻本正文性质 高松寿夫
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83年前の『13歳のハローワーク』
『世の中への道』と題された古本を入手(1929.9.30,文藝春秋社,242頁)。
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(画像は扉。)
「小学生全集」というシリーズの1冊(第84巻)。その「はしがき(父兄の方々へ)」を以下に引用する。

 皆さん――
 私共は就職難、生活難の声を毎日のやうに耳にいたします。それは現在活動しつゝある人々にとつては、別になんでもないかも知れません。しかし、それは恐ろしい一つの社会問題であると存じます。かうしたことがらは今後世が進んで参りまして社会が複雑になるにつれて一層ひどくなつて行くのではないかと思はれます。そしてそれを、現在小学校に行つていらつしやる愛読者諸君も遅かれ早かれ考へられるやうになると思ひます。勿論愛読者の方々はいづれもいゝ家庭にお生れになつてゐることと信じますが、人はいつ何時どう言ふ事柄にぶつからぬとも限りません。昨日の富豪が今日は月洩る荒家に住むやうなことも、社会には多々例を見るのであります。此の「世の中への道」は「常に用意する」意味で作られました。日常、愛読者諸君が本書を読まれて、来るべき時代の世の中へ出て行かれる参考になさることは決して無意味でないばかりか、さうした不時の場合、きつと当事者は、本書を読んで置かれたことによつて特別に善処し、益されることがあると信じます。勿論不備の点も多々あることと存じますし、又就職などと言ふ問題はなかなか小学生の方々に理解させることは難事であります。就職難、生活難の声の叫ばれる時代に、本書が現はれただけでも意義があるとお思召された方々は、愛児のために難解の点について理解の行くやうお力添へくださるやうにお願ひいたします。
   昭和四年八月     小学生全集編輯部


10年近く前、村上龍が『13歳のハローワーク』(幻冬舎)を出版して話題になったけれども、すでにそれよりも70年以上以前に同様の企画出版が存在していたのである。
昭和4年(1929)といえば、世界恐慌が始まった年として知られるが、しかし、この書が刊行された9月は、まだブラック・マンデー(10月19日)以前である。世界的景気動向は、むしろこれ以後に著しく悪化することとなる。
で、本書の扉絵には、下掲のような絵が掲げられている。
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手前の学生服の少年は、納豆売りをしている。
小学校を卒業して、納豆売りとして働きつつ苦学し、将来の立身に備える――本書が提示するひとつのあり得べき姿は、そのような選択であった。
現在の中学生向けのキャリアガイダンスが、「まだ社会にでるまでに3年から7年ほどゆとりがありますが、きたるべき将来のために、世の中のことを知っておきましょう」というコンセプトであるのに比べ、はるかに切実で過酷な状況が、この時期の小学校高学年生には存在していた。(当時、義務教育の6年間を終えた後、高等小学校に2年間通う者も多かったので、本書の対象は現在の中学2年生くらいまで含まれると考えられる)。

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『高等女学講義』と『女学の友』
最近の古本市で購入したものを紹介。
かつての早稲田大学は、『早稲田講義録』を出版し、通信教育を大々的に展開していたことは有名。
諸事情で東京に出てゆくことはかなわないものの、向学心に燃える地域の青年から大きな支持を得ていたらしい。(ちなみに、『早稲田文学』も、逍遥先生と鷗外漁史が論争していたころは、文芸誌というよりは、講義録の傾向が強い雑誌だった。)
ところが、その早稲田の『講義録』に、女学生向け版があったことが判明。
今回、昭和5年(1930)発行の『講義録』と、それの附録雑誌を何冊か入手。
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上の画像の、右側『早稲田高等女学講義』というのが講義録で、左側『女学の友』が附録雑誌。いずれも月刊だったようだ。
講義録、早稲田っぽくねー。昭和初期のモダンな雰囲気いっぱいの表紙絵に、ちょっと驚く。内容は、各教科のまさに講義録なのだけれど、科目には手芸や「結婚とは何か」といったような啓蒙的話題の連続講話もあり、いかにも女性向け。衛生学みたいなのも含まれているのは、この講義録によって課程を終えると、専門学校受験資格が得られ、助産婦や看護婦への道が開けるというルートもあったかららしい。日本史でも、「山内一豊の妻」とか「春日局」といった、著名な歴史上の女性の逸話をわざわざ織り交ぜて記述されている。
『女学の友』は、表紙こそ地味だけれど、内容は、先輩受講生の体験談、受講生同士の文通欄、受講生からの健康・進路相談への回答のほか、小説や著名人によるエッセーなども掲載され、読み物としてなかなか面白い。
下の画像は、講義録・附録雑誌それぞれの裏表紙。「ヘチマクリーム」も「中将湯」も、このころの婦人誌でお馴染の商品ですな。
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こんにち的観点から面白い内容はたくさんあるけれど、私じしん実際に使われているのを始めて見たというものをひとつ紹介。
下掲は、講義録の方に掲載された書道の手本なのだけれど、これ、なにが書いてあるかわかります?
「とりなくこゑすゆめさませ…」これは、明治の中ごろに、当時の代表的大衆新聞『万朝報』が公募で選んだ、新いろは。つまりいろは48文字すべてを一度ずつ使った文。「いろは」に対して「とりな」と呼ばれたらしいが、こういうものが新聞社の公募で出来たということは知っていたけれど、こうやって実際に使われているのを目にしたのははじめてで、これにも驚いた。公募で決ってから30年くらいたっているはず。けっこう息が長かったんですねぇ。
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この『早稲田高等女学講義』、創刊は大正11年(1922)で、戦時中の途絶はあったようだが戦後間もなくまで出されたらしい。ところが、早稲田の図書館には戦後出版分が多少所蔵されている程度で、ほとんど残っていないみたい。『女学の友』に至っては、影も形も確認できない。大学史資料センターにはあるのかな?
でも、大正から戦前期の女性高等教育の資料って、かなり重要なものなのじゃァないかしらん?

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CD-BOX『上海老歌』(中国唱片上海公司出版)
上海老歌上海老歌
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(CD20枚組,中国唱片上海公司出版,解説書252頁)
租界時代から内戦終結までの中国の大衆歌謡(popsongs)を集めたCD-BOX。ジャズ調・伝統曲調渾然とした曲の数々。
ご存知の通り、このころの日本の歌謡曲も、ジャズ調あり、演歌調あり、そして“支那”調ありで、状況的にはこのCD-BOXに収録された曲の数々と響きあう部分が大きい。日本と中国の距離が、ある意味で現在よりももっと近かった時代だと思う。私にはそのつもりはほとんどないけれど、日本の戦前・戦中の歌謡曲を論じるには、同時代の中国の歌謡曲を視野に入れないわけにはいかないのではないか、と改めて実感した次第。李香蘭もちゃんと入っています。
中国のアマゾンから取り寄せたが、輸送費込みでも5,000円程度。充実した解説書もついており、お得感充分。

400曲ぐらい入っている曲の中で、一番びっくりしたのは、白虹という女性歌手がうたう「別走得那麼快」という1曲。1948年制作の「霧夜血案」という映画の挿入曲らしく、作詞/文超・作曲/荘宏とあるものの、あきらかにアメリカ映画「The Harvey Girls」(1946)の主題歌「On The Atchison, Topeka And The Santa Fe」をちょっといじったもの。YOU TUBEで聞き比べができます。
白虹「別走得那麼快」
「On The Atchison, Topeka And The Santa Fe」
本CD-BOXには、海外の曲のカヴァーはあえて入れてないようだけれど、きっと少なくなかったはず。上記の「別走得那麼快」はたまたま入っちゃったものだろうけれど、他の曲も聞いてみたい。

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蜂飼耳・牧野千穂『うきわねこ』(ブロンズ新社)
ほんとうに久しぶりに、絵本を買った。
わが子が小さかった時分には、ずいぶん買ったものである。
もちろん、絵本を読んで(読んであげて)子どもがよろこぶのがうれしかったというのもあるが、やっぱり私じしんが、絵本が好きなのだと思う。
本日、秋の古本まつりで混雑する神保町の靖国通りを北上していて、旧北沢書店の前を通りかかったら、1枚の看板が目に入った。
北沢書店は、私が学生だったころは洋書専門の古書店で、なかなか風格ある雰囲気が店内に漂っていたが、現在は、すくなくとも1階は、完全に児童書の専門店となってしまった。
その北沢書店の店頭に立っていた看板には、《「うきわねこ」原画展》とあり、下掲の絵本の表紙が貼られていた。

うきわねこうきわねこ
(2011/07)
蜂飼 耳・文/牧野千穂・絵

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実は、この絵本については、かねてよりその存在を知っており、折に触れては、手にとって見てみたいと思っていた。ところが、いざ本屋に行って、そのことを思い出しても、タイトルが思い出せなかったりして、ついつい確認できないでいた。
でも、今日、看板を見たら、即座に「あれだ」と思いましたよ。
で、さっそく店内に入って、奥の展示スペースに行って、原画の数々をじっくり観て回った次第。
思っていた以上に好みの絵で、お話もよかったので、展示場に平積みされていた絵本のうちの1冊を早速購入した。
作者2人のサイン入り(牧野さんは主人公の猫のイラストも)。
レジでは、おまけにポストカードと名刺大カードのおまけもつく。
たいへんお得な気分。

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幻のロードショウ
古い映画のプレスシートを入手。
stormy weather
"Stormy Weather"(1943制作)については、かつてちょっと触れたことがあります。そのときにも記したように、かの双葉十三郎氏も、アメリカのミュージカル作品としては重要な1本であることはみとめつつ、日本未公開のため観たことがない作品というわけだった(1988年にユーロスペースなどで短期間公開されたことはあったらしい)。
ところが、その"Stormy Weather"の日本でのプレスシートが存在していたということになるわけ。表紙には原題しか掲げてないけれど、邦題は「ジャズ天国」とする予定だったらしい。
もちろん、1988年公開時のものではなく、日本の占領下時代のもの。なぜそれがわかるかというと、配給元(提供)が「セントラル(CMPE)」となっているから。セントラルは、GHQがアメリカ映画の配給のために設立した会社。戦後、1952年まで存在した。
プレスシートがあるということは、フィルムを日本に持ってきて、試写までは企画した、ということでしょう。順調に行けば、その後、一般ロードショウという運びだったのだろうけれど、そこまでには至らず、お蔵入りになっちゃったということなのだと思う。試写のときの日本人のリアクションから判断したのかもしれない。
プレスシートだから刊記などはないけれど、記事を読むと、主演のひとりビル・ロビンソン(Bill Robinson 1878-1949)について「図らずも昨年一月、七十二歳を以て他界した」との説明があるので、1950年の発行と察しがつく(それにしても、年齢が数え年ですぜ)。
"Stormy Weather"はすばらしい作品だと思うけれど、60年前の日本では、いまいち興行価値がないと判断された模様。一度、大スクリーンで観てみたい。

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夏目漱石・中村不折・明治38年10月
先々月(7月)のなかごろ、例によって古書会館に行って物色していたところ、茶色い本の山の上に、博文館発行の「当用日記」があるのに気付き、手に取ってみた。
明治38年の当用日記
明治38年(1905)のもので、8割くらい書き込まれている。読み難そうな筆文字だったけれど、値段が1,000円という格安なこともあって、まァ、とりあえず買っておきましょうか、と購入に及んだ次第。
日露戦争2年目の日記で、日記の主は横浜在住らしく、戦争関連記事も少なくない。
しかし、この日記の記事で、今のところ、もっとも興味深いのは、10月8日(日曜日)の記事だ。
明治38年の当用日記(10月8日)
読み難い字です。個人の日記なのだから、まァ仕方がない。
本文3行目の下から5文字目あたりから注目してください。14文字ばかり翻字してみます。

…更ニ夏目漱石 中村不折 両氏を尋ね…


この日記の主、夏目漱石と中村不折を立て続けに訪問している。
時に、明治38年10月です。この訪問の直前、『吾輩は猫である』(第1冊)が刊行されていました。奥付によれば明治38年10月6日。筆者はもちろん夏目漱石。そして、中村不折が挿絵を担当しているのでした。
この日記の主の漱石・不折訪問は、たぶん、この『吾輩は猫である』出版に関わるものだったと考えられる。
いちおう、この日記の主が誰であったか、特定済み。日記の他の記事などから、漱石・不折とも、旧知の間柄だったことが判る。
そして、『漱石全集』(岩波書店版)の書簡集所収の漱石の手紙によって、この訪問の裏づけもできそうです。詳細は省きますが、この10月8日の訪問で、この日記の主は、刊行されたばかりの『吾輩は猫である』を恵与されたらしい。直後にそのお礼として、漱石にスルメを贈っているようです。猫のお礼にスルメ、と洒落ているのでしょう。――ということは、この日の訪問時点では、この日記の主はまだ『猫』を購入していないままに、漱石を訪ね、1冊もらってきた、ということでしょうか。広告などで『猫』の出版を知り、旧知の漱石を訪問したものとみえ、もしかすると、今訪問すれば、1冊もらえるかもしれない、くらいの計算があったものかもしれない。もらった『猫』を手に、その足で挿絵を担当した、やはり旧知の不折の宅に直行したことになる。

この記事だけでも、1,000円は安すぎる。古書市には、なにがころがっているかわからない。

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初代中村吉右衛門の映画
本日午後、坪内逍遥博士記念演劇博物館の主催の演劇講座として、「初代吉右衛門映画祭Ⅰ」なる企画が開催された。
このイヴェントの主催の博物館では、初代吉右衛門の企画展示(生誕125年記念?)が開催中で、それとタイアップした企画でしょう。
初代吉右衛門は、主演の舞台を記録した映画を3本遺している。「寺子屋」「熊谷陣屋」「盛綱陣屋」の3演目だが、そのうちの「熊谷陣屋」を本日は上映。前後に、朝日新聞の歌舞伎評でお馴染みの児玉竜一氏の解説が入る。
私は、今から四半世紀ほど前に、同じ箇所が主催した講座で、初代吉右衛門の「盛綱陣屋」は観ているが、「熊谷陣屋」は、今日が初見。
現今の舞台ではめったにお目にかかれない、相模の入り込みや弥陀六詮議の場まで含めたいわば「完全版」。監督はマキノ正博。
撮影は昭和25年1月29日、東京劇場(歌舞伎座はまだ開場していない)。今から約60年前の「熊谷陣屋」演出の記録としても、興味深い点が多々あったけれど、解説の児玉氏によれば、この映画、制作の目的などについては、いまひとつよくわかっていないもののようである。
さて、ここに1冊のパンフレットがある。
寺子屋
今回の博物館の展示にも並んでいたが、たしか去年の古本市で入手したと記憶する。初代播磨屋、もう1本の映画を一般公開した際に売り出したものらしい。これも、演劇博物館はフィルムを持っているらしいが、私はまだ未見。
で、このパンフレットをみると、吉右衛門の映画としては、こっちの方が先に撮影されているらしい。パンフの中で、吉右衛門が「映画を撮りましたのは、今度が全く初めてでございます」と述べている。しかし、「昭和26年6月2日発行」となっている。まずは東京(歌舞伎座か?)で公開されたのだろうが、詳細不明。当方所持のパンフには、7月16日から25日まで、京都南座で公開されたときのチラシが挟み込まれていた。いずれにせよ、一般公開は昭和26年夏だったようで、このパンフの裏表紙に「近日公開!」として、本日上映の「熊谷陣屋」の予告広告が掲載されている。つまり、撮影から1年半ばかり公開されなかったことになる。これは、その間、お蔵入りになっていた、というより、そもそも、日本での一般公開が最初から前提にはなっていなかったフシがあるためらしい。そのあたりのことは、本日会場で配布された資料に掲載の、制作当時の各種報道記事からうかがえる。
「熊谷陣屋」は、監督をしたマキノ正博の証言だと「普通に客を入れた状態で、東京劇場の楽日に撮った」(1990年のインタビュー記事、本日の配布資料にあり)由であるが、昭和25年1月の、東京劇場での「熊谷陣屋」の上演記録は、ない。また、それ以前に撮影と思われる「寺子屋」は、パンフ裏見返しの河竹繁俊の文によると、名古屋の御園座で4日間かけて撮影した由であるが、これまた昭和24年ないし25年の名古屋での「寺子屋」上演の記録も確認できない。つまり、吉右衛門劇団の公演のついいでに記録を撮ったのでなく、わざわざしつらえて撮影しているらしい。ちょっと調べれば、もっと詳しいことはわかるのだろうけれど、案外、基本的なデータが揃っていないような気がする。
本日上演のフィルムは、吉右衛門の手許に遺されたもので、フィルムの冒頭にも「波野家蔵」というクレジットが入る。上掲パンフによると、映画の制作元は「プレミヤ映画株式会社」で、提供は「歌舞伎映画社」となっている。しかし、本日のフィルムの巻末には、名前は失念したが、テレビ制作会社風の社名がクレジットされており、かつ、出演者のひとり、沢村訥升に「現・宗十郎」との断りがついているので、これは8代目宗十郎襲名後(昭和28年以後)に、別の会社が再編集かリプリントしたフィルムではないか、という気もする。
そもそもの「熊谷陣屋」は、パンフによれば、「寺子屋」ともども、パートカラー作品だった。「寺子屋」は、首実検からいろは送りの箇所がカラーになっていたらしいが、「熊谷陣屋」は、どのあたりだったろうか?思うに、義経の出から首実験を終えたあとの熊谷の引っ込みのあたりまでだったのじゃないか、と想像する。撮影時期でいえば、「カルメン故郷に帰る」の公開の1年以上前である。カラー版のフィルムは、残ってないんだろうか?

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『空海からのおくりもの 高野山の書庫をひらく』


(凸版印刷株式会社・印刷博物館,2011.4.23,247頁,\2,000〈税込〉)
先月の下旬から始まった企画展示の図録。
始まって1週間ほどたった祝日(4月29日)に行ってきましたが、会場はガラガラ。なんとも理想的な空間です。
「空海」とか「高野山」の名に惹かれて、どんな美しい密教美術の数々が展示されているのだろう、という期待とともに行くと、幻滅間違いなし。要するに、高野版を中心とした、中世日本の版本の特集です(宋~明の版本も若干あり)。しかし、これがまたマニアックな品揃えで、ちょっとこれまでにない規模なのではないかと思われる。
観覧者のほとんどいない空間に、ズラッと陳列された中世版本の数々は、なかなか壮観ですわい。
展示の詳細は、そちらのサイトでご確認のほどを。
展示図録にも感心させられました。上掲の画像では、表紙しか見えませんが(しかも当方のスキャナの不具合からヘンな筋が入ってしまってます)、この表紙は、黒地の紙に黒く経典の文字が少し盛り上がって印刷されているんですが、ご覧になってお分かりのとおり、文字が裏文字になっている。つまり、「版木」のイメージですわ。実際、高野山に現存する版木も、多く展示されている。
しかも、ふつうクルミ表紙にするところを、わざとオモテ・ウラの表紙を別にして、背表紙をつけない特殊な装丁を採用している。背の様子がわかるように撮影した画像がこれ。↓

現代の書籍というのは、つまり伝統的な装丁で言えば、「列帖装」に相当するんだ、ということがよくわかるユニークな装丁。ご趣向ですなァ。
敢えて集客しないのも、きっと博物館側の心憎い演出なんじゃないかしら。
こういうものが好きでたまならない人、必見の企画。

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速記雑誌『百千鳥』第2巻第1号
『百千鳥』第2巻第1号
(発行所:吟好会,発売元:駸々堂書店他,1891.1.5,8銭)
三遊亭円朝の『怪談牡丹灯篭』が発売されて評判を呼んで以来、明治20年代、速記術を駆使した、落語・講談の連載雑誌というのが、たいへん流行したらしい。『百花園』とか、『東錦』とか、『花筺』とか。1号につき5・6人の噺家・講釈師の落語・人情噺・講談が掲載される。落語は1回読み切りも多いけれど、人情噺・講談は少しずつ何号にも渡って連載された。それらの多くは東京に版元があったが、唯一、大阪で出版されたのが、この『百千鳥』という雑誌だったそうな。1ヶ月に2冊の割合で刊行され、30冊ばかり出たところで年が改まり、明治24年には第2巻として順次刊行されたようで、その第2巻第1号を最近手に入れた。
目次は次のとおり。
  春の詞/竹園居士
  春の夢内津復讐(第1、2席)/石川一口
  吉原奇談雨夜鐘(第1席)/翁家さん馬
  飛鳥山花の曙(第1席)/玉田玉芳斎
  高野駕篭(完)/曾呂利新左衛門
  真田織古郷の錦(第1席)/松月堂呑玉
  厄はらひ/桂小文枝
  (附録)羽団扇(完)/翁家さん馬
  速記者:丸山平次郎・島田喜十郎
  挿 画:稲野年恒・田口年信・泉谷信光
面白いなァと思ったのは、表紙なのです。
下方手前の白紙に、なにやらアラビア語のような文字がのたくってますが、これがつまり、速記の書体なんですね。それで、その背景になっている原稿用紙に、その速記を起こした文章が記されている、という趣向のようです。しかも、原稿用紙は裏向きに袋とじされている絵柄になっていて、つまり反故裏を再利用した帳面の体裁。ユニークな意匠ですなァ。
原稿用紙の文字は、裏文字になっているけれど、しっかり読み取れるようになっている。試みに翻字すると、以下のとおり。

速記術とは一種の簡単明瞭なる文字を以て、人の音声を発音と同時に記載するの、方法にして、我国に於て此術を発明し、始めて世に公にせられたるは我師源綱紀先生にして、先生は明治十五年十月廿八日、東京に於て之が伝習を試みられたるを以て嚆矢と致します……
抑々人類が音声を分解すれば父音母音の二種となる、又此父母音を合して諸種の子音を生ずると云


速記術の来歴が記されているのでした。子音の意味が現在と違っていたりするのも面白い。また、原稿の文字はわざとところどころ間違っていて、それを朱で校正してある。この時代の校正の仕方もうかがえて、これまた興味深い。
私は、速記の書体などというものは解読できませんが、手前の紙に記されたのが、この原稿の文章とたぶん同一だろうと判断するのは、4行目に「15/10/28」と記される数字が、原稿の文章中の「明治十五年十月廿八日」と一致するため。
ま、とにかく、なかなか洒落た表紙の趣向ではございます。

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柿本人麻呂 (コレクション日本歌人選)柿本人麻呂 (コレクション日本歌人選)
(2011/04/09)
高松 寿夫

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(笠間書院,2011.3.25,122頁,\1,200〈本体〉)

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邨岡良弼『続日本後紀纂詁』
今年の正月、古書市でたまたま目にしたブツが、意外に面白い。
続日本後紀纂詁
明治期の学者で、邨岡良弼という人物が著した、『続日本後紀纂詁』というもの。
和本10冊であるが、出版されたのは明治45年(1912)と、夏目漱石や森鷗外の活躍時期とかわりない時分。装丁の古めかしさ同様に、注釈そのものも、漢文体のいたって古風な内容である。
『続日本後紀』の注釈ということじたいが、きわめて珍しいと言えるが、興味深いのは、『続後紀』の文章や語彙に対して、漢籍での典拠や用例を、かなり丁寧に指摘している点。知られている文献で例えるならば、『日本書紀』に対する河村秀根の『書紀集解』に近い。
続日本後紀纂詁
上に掲げたのは、その冒頭であるが、国史の本文を、歴史の記録としてのみ捉えるのでなく、その文章を、編纂当時の文筆そのものとして評価しようという姿勢が明確に現れている。当方は、最近、六国史の本文やそこに引用される文書の本文を、その時代の文筆資料としてもっとしっかり評価するべきなんではないか、という思いを強くしているのだが、そんなことを考えていると、自然にそれに関するこういう文献が目の前に現れてくるものなのですな。
もっとも、この邨岡良弼著は、けっして埋もれて忘れられていた文献ではなく、知る人ぞ知る文献であったようだから、知らなかった当方が無知だったということでしょう。
明治期の出版物なので、国会図書館のデジタルライブラリーで、全文を読むことも可能。しかし、現物を手元におき、気の向くままにパラパラとめくる楽しさは格別。購入以来、就寝時に少しずつめくるのを日課にしている。漢字ばっかりだから、すぐ眠たくなって、睡眠導入剤として最適。1ヶ月半たって、まだ3冊目の最初の方。

わが心の歌舞伎座
わが心の歌舞伎座
(松竹株式会社演劇開発企画部事業室,2011.1.15,60頁,¥1,200円〈税込〉)

昨年4月に建替えのため閉場した歌舞伎座の、最後の1年に焦点を当てたドキュメンタリー映画(監督:十川壮吉)。現在の歌舞伎界の代表的俳優11名(芝翫・吉右衛門・団十郎・玉三郎・富十郎・勘三郎・幸四郎・梅玉・仁左衛門・藤十郎・菊五郎)が登場して、歌舞伎座の思い出を語り、お名残興行を中心とした舞台の姿が挿入される。
いやぁ、面白かったです。160分の上映時間があッという間です。
舞台姿は、単なる劇場中継の切り取りではなく、この映画のために考えられた、異常なまでに俳優に接近したアングルからのシーンが中心。そうすることで、ほんの1カット、1分とか2分の映像で、それまでの舞台のドラマ性が一瞬に凝縮されたような濃厚な醍醐味を味わうことができるよう工夫されている。逆にあのアングルで1時間、2時間見せられたら、ゲンナリしちゃうでしょう。NHKや歌舞伎チャンネルから借りた映像も利用しているが、その場合は、画質が荒くなるのを覚悟で、あえて俳優の姿が場面いっぱいになるように切り取って使用していると思われる箇所も何箇所かあった。
エンドロールの最後に、封切直前に逝った富十郎への哀悼の辞が示される。この映画の中ではとっても元気そうにコメントしているんですけれどねぇ。

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「桜田門外の変」関係の風聞集
ほんとうはもっと早い時期に話題にすべきだったんだろうけれど、今年は桜田門外の変が起こってから、ちょうど150年目だった。
事件は安政7年(1860年)3月3日のこと。旧暦の上巳の節句に大雪が降るというのは、きわめて珍しいことだったろうが、太陽暦に直すとこの年の3月3日は3月24日だそうだから、大雪はあり得ないことではない。
大老暗殺という大事件だっただけに、同時代の人々の関心を大いに集め、各種の記録が残された。吉村昭氏の小説『桜田門外ノ変』は、残された多くの同時代資料に基づき、事件までの経緯と、実行に加わった者たちのその後の足取りを、詳細に追っていて、読み応えがある。
桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)
(1995/03)
吉村 昭

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秋には、この吉村氏の小説を原作とした映画も公開された。吉村氏のドキュメンタリータッチの作風が、どこまでうまく生かされているか興味もあり、観に行ったのが、かれこれ2ヶ月近く前か。それなりに興味深い作品に仕上がっていたが、視点人物(関鉄之助:実行犯のひとり)が映画だとヒーローとしてクローズアップされすぎてしまい、観る者はどうしても彼への感情移入が求められてしまう分、ドキュメンタリー風の生々しさというか、圧倒されるような事実の重みのようなものが薄れてしまったように思われる。
だいたい、テロリストに感情移入しろ、というのが難しい相談だと思う。
ま、それはさておき、吉村氏は、小説執筆に当たって参照した資料を、巻末に一覧として掲げているが、そこに挙がっているだけでも、かなりおびただしい資料である。関鉄之助自筆の日記類をはじめ、参照すべき資料はほぼ網羅されていると考えてよいのであろうが、世間には、事件当時の様々な人が、衝撃的な事件への強烈な関心から、資料を集めてまとめた文献が、いまなお、わりとしばしば古書市などにころがっているのを目にする。折に触れて、安いものを買っておいたものが、気付いたら4点ばかり私の手元にも集っていた。
万延聞書
まずは、『万延聞書』の外題を持つ写本(安政7年は、事件直後に万延元年に改元された)。事件直前の安政7年正月の徳川斉昭の書簡を冒頭に、事件後に各方面で執筆された文書類の写しから構成されている。比較的、公文書的性格の強い文書が中心に集められている。掲げた画像は、アメリカ公使・ハリスからの井伊直弼への負傷見舞(直弼は、襲撃時に即死しているが、公的には負傷したことにされていた)への返書。この他にも、フランス・イギリス等各国の見舞への返書が掲げられている。
船のはなし
お次は『船のはなし』という外題の一冊。題名の由来はよくわからない。安政の大獄から生麦事件のころまでの諸記録集。大老襲撃時の詳細な様子が記された後に、情報源について次のように記す(掲げた画像の終りから4行目)。
右は久永石見守(半蔵御門外)様中間、築地へ役の途中、右変事に出合、御堀土手へ隠れ居(り)、始終見届(け)候者より伝聞之話云々。
襲撃にたまたま居合わせた中間が堀端の土手の陰から見ていた目撃談だというのである。お江戸のど真ん中の出勤時間帯なので、大雪が降っていたとはいえ、目撃者は当然いたのである。
花散里 
さてその次は、『花散里』と題す。これは古書店の目録で注文したのだが、「『源氏』の写本じゃありませんよ」と店主から念を押された。桜田門外一件に関するやはり諸記録集で、外題は、舟橋聖一の『花の生涯』を先取りしていると言えなくもない。
画像を掲げた箇所では、井伊直弼の首級を挙げた薩摩藩脱藩士・有村治左衛門の最期の様子を記している。
有村治左衛門は左之手首無之、片手にて切首携(へ)龍ノ口・遠藤但馬守殿組合辻番場内に参り、喉を突(き)相果(て)候。腰巾着之内に金四両壱分弐朱有之候。外に薩州有村治左衛門兼清と認(め)候帳面壱冊、上書壱通、歌壱首有之候。左之通り
  忠孝 君が為尽す心の武蔵野に 野辺の草葉の露となるとも
治左衛門は、先の『船のはなし』によると、井伊の首級を切り落とすと、刀の切っ先に突き刺して、それを掲げて現場を立ち去ったらしい(吉村氏の小説も同断。複数の記録でその行動は記録されている)。映画では、この剣先に首を突き刺すという記録を採用していなかった。あまりにも生々しくすさまじい絵柄になってしまうことを憚ったためか。ヒトの首というものは見た目よりはるかに重いと聞いたことがあるが、それを剣先に田楽刺しにした光景というのは、事実はそうであったにしろ、なにか非現実的で、滑稽ですらあるような気もする。さて、その治左衛門の最期は、襲撃時に重傷を負ったための自害であった。襲撃時に重傷を負った場合、末期のうわごとなどであらぬこと(仲間の名前や所在など)を口走らぬため、自害するというのは、襲撃前に実行犯グループ内で申し合わせになっていたことは、吉村氏小説に記されている。かねて辞世の歌が携帯の巾着に忍ばせてあった、ということであるが、実はこの辞世には、文献により異伝がある。前掲『船のはなし』には「岩嶺(いはがね)も砕(か)ざらめや武士(もののふ)の世のためにとて思ひきる太刀」であった、と記してある。
隅田川底廼濁 
しかし、その「岩がねも…」の辞世は、有村治左衛門のものではなく、別の実行犯のひとり佐野竹之助(水戸脱藩士・事件後細川家に預けとなり、処分前に病死)の辞世二首のうちの一首だった、と記すのは、別の写本『隅田川底廼濁』という記録集(上掲画像)。しかし、佐野の辞世は、『花散里』では別のうたになっている(もう一首の方は両書とも同一歌)。情報の錯綜があるようだ。『隅田川底廼濁』で面白いのは、事件後に世間で行われた落首・俗謡の類を記録していること。映画でもとりあげられていた「ナイナイ尽し」(但、吉村氏原作には記述はない)も掲載されているが、その他にも、画像に掲げたような無責任な戯作の数々(一例「掃部頭頭取られて只の掃部となりにけり」)。
この文献は、編纂者の識語が巻末にあって貴重。曰く。
安政七于時万延ト改元セル年庚寅六月/諸説ヲ輯禄メ遂ニ此篇ヲ為スニ至ル/如蘭庵/靖郷筆記
事件から4ヶ月(この年は閏3月があった)ばかりでの成立である。

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斯道文庫編『書誌学展図録』
書誌学展図録
(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫編,2010.12.1,209頁,\2,000)
大学院生の時分、慶応出身の人には、なんであんなに文献学や資料紹介の領域ですぐれた力量を持った人が沢山いるんだろう、と眩しい思いで眺めていたことがある。すべての理由がそこにあるかどうかは別として、多分その最大の理由が、斯道文庫という機関が存在することにあるらしい、ということがやがて分かった。
その斯道文庫が慶応大学の付属機関となって50周年(それ以前は福岡県の私設研究機関だった)を記念した展示がこの月曜日(11月29日)から開催されている(土曜日まで)。2日目の火曜日に行ってきた。
単なる貴重書の展示というだけではなく、展示をはじから観て行くと、古典籍の書誌学に関する知識をひととおりなぞることができるように工夫されている。展示図書の選定はもちろん、その開示箇所も、書誌学に関するどんな情報を示すかという目的に相応しいところが選ばれて展示されている。企画準備に相当な時間が費やされているであろうことが思いやられる内容。それにしても、書誌学ひととおりの事柄の説明が、所蔵資料でできてしまうということの迫力。国文学研究資料館でもこの春、類似のコンセプトの企画展示がありましたが、(あれはあれで面白かったけれど)展示資料のランクが斯道文庫の方が一段高い。
そんなわけで、展示図録は、そのまま書誌学入門の書にもなっている。制作には、この春、橋本不美男『原点をめざして』(笠間書院)以来の総合的書誌学入門書というべき、評判の1冊(↓、著者は4月から斯道文庫の所属に)を出版した勉誠出版があたっており
書誌学入門 古典籍を見る・知る・読む書誌学入門 古典籍を見る・知る・読む
(2010/04/04)
堀川貴司

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写真などにも充分な配慮が施されていて、理解を助けてくれている。
個人的には、版本の校正に関する資料が興味深かった。ああいう風に校正をしたんですなァ。著者にもよったのだろうが、平田篤胤という人は、相当細かいところまでチェックが入っていて面白かった。
さて、20年近く前、眩しく眺めていた若き慶応出身の研究者は、その後順調に各研究機関・大学に就職して行き、そして今、ほとんどこの斯道文庫に戻って来て、次の世代の育成にあたっている。その先生方が総出で、1日2回のギャラリートークが開催されているらしい。

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お茶の水図書館所蔵 竹柏園本万葉集展示会
竹柏園展示
お茶の水図書館には、佐佐木信綱旧蔵の万葉集関係の重要な写本類が多く所蔵されていることは、よく知られていることではありながら、では、その実物を見たことがある人というのは、かなり少ないのが事実だと思う。
たとえば、こんにち、『万葉集』のテキストは、現存最古の完本である西本願寺本を使用するのが常識のようになっているが、では、その西本願寺本の現物を見たことがある人というのは、専門の研究者でも、たぶんあまり多くはないのではないか、と思う。私は、1度だけあるのだけれど、それは現在出版されている西本願寺本の影印本の作成作業に携わったからで、それがもう20年近く前のこと。たぶんあの事業より後に研究の世界に入った人で、西本願寺本を実見したことがある人はいないのではないか、と思う。
これは、それだけお茶の水図書館が所蔵の資料を大切に保管することに努めている証左で、長い目で見たとき、研究界としては喜ばしいことだと言ってよい。
しかし、このたび、どのようなきっかけがあってか、お茶の水図書館が所蔵する竹柏園(佐佐木信綱の文庫)本の万葉集関係の古写本を多く展示するとの報を、しばらく前に得た。近年稀なる椿事と言ってよい。しかもたった1日だけの公開だという。知らせを得た日から、楽しみに今日という日を待ち続け、本日、一番で出かけた次第。
池坊お茶の水学院(図書館の向いの建物)の5階で午前10時から公開とのことで、10時10分ごろ会場に入る。
会場に一歩踏み込み、場内を見渡した(広さ的には大した広さではない。80平米ていどか。パーテーションなどもないので、文字通り一目で見渡せる)とたん思ったのが、「こりゃすげえや」という印象で、思わず声に出して言ってしまった。一部の資料がガラスケースに入っている以外は、長机に資料がむき出しに置いてあるように見えた。(実はいずれにも透明のシートがかかっている。)展示資料との距離が異様に近い。それだけだったら、学会での図書展示などでときどきある光景だが、並んでいるものが、一見しただけでタダモノではないと察せられるものばかり、ずらずらと並んでいる。いちいちを見て行くと、「桂本」、「藍紙本」、「天治本」、「尼崎本」、「古葉略類聚鈔」「西本願寺本」…とにかく名だたる万葉集の古写本やその断簡ばかりである。
間にガラスをはさまないので、シートで保護されていても、観覧者の多くが自然にパンフレット(画像を掲げたA41枚両面印刷のもの)で鼻と口を覆うような姿勢で資料を覗き込んでいた。つまりそれくらいに資料との距離が異様に近いのである。(また、資料を見るときにそういう姿勢をとるたしなみのあるような人ばかりが集まっていた、とも言えるのですが。)
かねて用意の鉛筆でメモを取りながら、約80分ばかり滞在。31点の資料をじっくり眺める至福を味わう。
当初恐れていたような混雑は起こらず、じっくり観ることができてよかったよかった。

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『二世 市川左團次展―生誕130年・没後70年によせて―』
市川左団次展
(早稲田大学坪内逍遥博士記念演劇博物館,2010.10.19,72頁,\800〈税込み〉)
永井荷風の『断腸亭日乗』を読んでいるとよく出てくるのがこの2代目左団次で、また、「鳴神」「毛抜」などの元禄風の歌舞伎を復活させるかと思えば、革命後のロシアで公演を行ったり、赤毛物を積極的にかけたりと、そのころのインテリ層に受けるキャラクターなり芸風だったんだろうな、というのはなんとなく分かる(というか勝手に分かったつもりになっている)のだけれど、いまひとつ具体的なイメージが絞り込めない、という印象がある役者、というのが私個人の2代目左団次イメージです。
6代目菊五郎や初代吉右衛門などとほぼ同世代なのだろうけれど、菊吉にはその舞台を記録した映像があるのに対して、左団次のそれは見た覚えがない、というのも、そんな曖昧なイメージしか抱けない原因のひとつだろうか。(2代目の動く映像ってあるんですかね。初代の映像はちゃんと残ってるんですよねぇ。たった1分だけだけど。)
ですから、そんな2代目左団次について、いろいろな情報を提供してくれる企画展で、ありがたい。乃木希典・大隈重信やムッソリーニ(!)などという、かなりキワモノっぽい役もこなしているんですなァ。
↓は、架蔵の2代目左団次の墨跡。自作句なのだろう「ちらちらと小袖にかかる桜かな」。松莚は左団次の俳号。

左団次墨跡

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音楽喫茶・ヤングメイツ
音楽喫茶ヤングメイツ
先日の古本市で見つけたもの。
谷啓さんの訃報の直後でもあったので、目に付いたのかもしれない。ライブ中の写真というより、わざわざ写真用にポーズをとっているように見えるけれど、なかなかいい写真だと思います。
かつて日比谷にあった音楽喫茶のプログラム。この「音楽喫茶」というのが、私などにはよくわからないのだが、この表紙の写真からなんとなく想像できる。
ナベプロ直営の音楽喫茶だったようで、同プロダクション所属の歌手が日替わりで出演し、特に土曜・日曜には、売れっ子が出演したようだ。中尾ミエ,布施明,ザ・ピーナッツ,いしだあゆみといった名前が見える。ザ・タイガースの出演時だけは前売りが売り出されたらしい。
何年のものなのか記されていないが、顔ぶれから1960年代後半といったところか。
入場料とドリンク込みで平日400円、土日500円っていうと、映画の入場料金ていどかな。それで5~6時間いられたみたいだから、なかなかお得な遊び場かもしれない。もちろん、お目当てまでには延々と新人や無名の歌手が登場したんでしょうけどね。今、こういう空間あるんですかね。疎くってわからないや。

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『支那小説 遊仙窟』(富士貸本出版部)
遊仙窟(表紙)
(1893.7.4再版,富士貸本出版部,巴利三郎編,102頁,定価25銭)
唐の張文成(張鷟)が執筆した伝奇小説『遊仙窟』の、明治26年に出版された活字本。同書の活字本としては、もっとも古いものらしい。古注も収め、頭注も充実している。本文・頭注は、元禄3年の序を有して江戸時代に版行された一指の『遊仙窟鈔』によるらしいが、頭注は大分改訂されているようだ。
巻頭の編者による「緒言」に「二三ヶ処本文を隠せし処は代ふるに○もてしたれど」云々とあり、いったいどんなところを伏字にしたのかしらんと探すと、案の定の箇所であった。
遊仙窟(伏字)
主人公・張生と、宿の女主人のひとり十娘との同衾場面である。ご覧のとおりの「○」の羅列。明治の半ばにあっては、やはり堂々と活字化するには、はばかられる本文だったのだろう。井原西鶴の好色本も伏字だらけだった時代である。
ただ、今回入手した本の面白いのは、この伏字部分の本文が、別紙に印刷されたものが一緒になっていたこと。
遊仙窟(別紙)
伏字の頁ののどに糊付けされていたけれど、それは多分、この本の元の持ち主の仕業で、売られているときには、別々になっていたのではないかと思う(最初から糊付けされていたら、伏字にする意味がない)。まるで、温泉場の地下出版物である(いえ、私は実物は知りませんが、そういうものがかつてあった、ということをモノノホンで読んだことがございます)。
『遊仙窟』は、万葉の時代から日本人が好んで読み伝えた(そして中国では長いことすっかり忘れ去られた)物語だが、ポルノグラフィ的要素が多分にある。こういうものを後生大事に注釈つきで千年以上享受してきた、というところに、日本文化の特色の少なくともある一面が現れていると思う。

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若林純『謎の探検家 菅野力夫』(青弓社)
今年のはじめごろであったか、古書市の古絵葉書の中に見つけた1枚は、なかなかインパクトのある1枚だった。
菅野力夫1
「世界探検家・菅野力夫」という肩書と仰々しい扮装から芬々と漂ういかがわしさ。しかし、しっかりとこちらを見据える目力はなかなかのもので、一度目にした者の視線を容易に離させはしない力がある。
安い値段でもあったのでくだんの絵葉書を買い求め、いったいこのご仁は何者であろう、と思ったものの、深追いもせずそのままにしておいたところ、間もなく、その人物について記した新刊書を書店でみつけ、早速購入。
謎の探検家菅野力夫謎の探検家菅野力夫
(2010/05)
若林 純

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(2010.5.22,266頁,\2,000〈本体〉)
菅野力夫の絵葉書というのは、絵葉書コレクターの中ではよく知られた存在であるようだが、菅野という人物についてはほとんど詳細は分かっていなかったらしい。ところが、著者によって、晩年の菅野が身を寄せていた縁者宅から、まとまった菅野の遺品が掘り出され、それによって、菅野の足跡がかなり明らかになった。本書は、菅野の遺品中のアルバムの写真や、著者所蔵の絵葉書を多く紹介しながら、菅野の探検家としての活動を紹介する。
明治の末から昭和の初めにかけて、菅野はアジア・中東・アフリカ・南米に旅し、その体験談を日本各地で講演し、併せて絵葉書を販売することで生計を立てていたらしい。昭和38年に死去する直前まで、講演活動を行っていたらしいから、私などにしてみれば、ついこのあいだまで生きていた人物である。そんな人物でも、もはや詳細がすっかり忘れられてしまったことには、人の世の有為転変が思いやられる。たぶん忘れ去られた一番大きな理由は、本人が著書を発表しなかったことにあるだろう。現在なら、ゴーストライターを使っても、まずは体験記を1冊出版するところだろう(たぶんその発想は、明治大正期にあっても同様だったのではないかと思われるが)。
しかし、この菅野力夫という人物、写真写りが実にうまい。絵葉書ばかりでなく、遺品から出てきたスナップ写真でもそれは遺憾なく発揮されており、魅力的な(ある種キッチュな魅力とも言える)写真でいっぱいである。とにかくこれらの資料を紹介してくれた著者・若林氏の功や大である。
著者によれば、菅野の絵葉書は現在までのところ95種が確認されているという。その後、ちょっと気をつけて見ているだけでも、たしかに何種類か目にすることができた。下に掲げるのはそのうちの1つ。
菅野力夫0
第3回の世界旅行(1923年1月-1925年8月)の後に売り出したセットらしいが、内容は第1回以来の写真を取り合わせたもの。中には絵葉書と一緒に、下のような紙片が同封されていた。
菅野力夫4
南米やフィリピンなどへの移民に関する情報を記し、仲介業者である「海外興業株式会社」の紹介をするもの。
移民というスタイルでの日本人の海外進出がさかんであった時期の雰囲気とリンクするものが、菅野の活躍にはあったことは確かだろう。若林氏著書からも、菅野と南米等の日本移民社会との交流が伺えるが、そんな体験談を披露して、新たな移民を促すようなはたらきを担っている部分はあったのかもしれない。
明治・大正期の日本人にとって、海外とは、今では比べ物にならないほどに日常から遠く離れた世界であったとともに、文字通り「新天地」としての魅力を湛えた世界でもあったんだろう。

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品田悦一『斎藤茂吉』(ミネルヴァ書房)
斎藤茂吉―あかあかと一本の道とほりたり (ミネルヴァ日本評伝選)斎藤茂吉―あかあかと一本の道とほりたり (ミネルヴァ日本評伝選)
(2010/06)
品田 悦一

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(2010.6.10,345頁,\3,000〈本体〉)
評伝として上々のものだと思います。対象の人物の経歴的な事実を追うだけでなく、個々の作品や文章の分析の冴えが、読み応えを感じさせる。第3章の『赤光』の短歌の分析が本書のクライマックスでしょう。
第5章・第6章の万葉ブームの中で、歌壇の第一人者として振舞う茂吉の去就の分析もとても面白かったが、こちらは、近代日本の万葉享受の流れをもっと大局的に捉えた別の成果を期待したいところ。
「敗戦」が、実は近代日本の思想的枠組みを、あまり根本的には変えていないのじゃないか―そんな見通しを本書は提示しているように私は見て取りましたが、近代的(国民国家的)万葉観の崩壊は、実は、ここ数年の間に起こったんじゃないか、と私などは思っている今日この頃なのです。万葉だけじゃなくって、〈上代文学〉という不良債権の残務処理を、我々は(好むと好まざるとに関わらず、あるいは、自覚するしないに関わらず)背負い込んでいるような気が、いくつかの身辺の出来事をとおして実感されるのです。
そのあたりの歴史的検証作業は、やってみる必要があると思っているのです。

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四方田犬彦『『七人の侍』と現代』(岩波新書)
『七人の侍』と現代――黒澤明 再考 (岩波新書)『七人の侍』と現代――黒澤明 再考 (岩波新書)
(2010/06/19)
四方田 犬彦

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(2010.6.18,216頁,¥720〈本体〉)

なんで「野伏せり」を「野伏せ」って書いてあるんだろう?同じ「伏す」でも、「野伏せり」(「野伏し」も)は自動詞、「野伏せ」じゃ他動詞。「野伏せ」って、何を伏せるんだ?
勝四郎(木村功)を「元服をして間もないといった風」(107頁)というけど、前髪があるんだから、元服前だろうなァ。
その勝四郎が、米を盗まれて途方にくれている百姓たちに金を差し出すシーンがあるけれど、その金を「一分銀らしき貨幣」(109頁)ってのはどうなんですかね。映像では穴あき銭のように見える。時代設定からすれば、永楽銭ってヤツでしょうか。
勘兵衛(志村喬)が、侍の腕試しを試みる有名なシーン、「木賃宿の入り口後方に勝四郎を潜ませ、入ってきた侍に思いっきり竹刀で上段から叩きつけるという試練」って記してある(111頁)けど、「竹刀」じゃなくって、ありゃァ薪だなァ。竹刀じゃ菊千代があんなに痛がったりしないだろう。
で、その「試練」で、五郎兵衛(稲葉義男)の莞爾として言うセリフは、「ご冗談を…」でなきゃァ。「冗談がすぎますぞ」(112頁)なんて、どっから出てくるんだろう。
侍たちが村に入って後、久蔵(宮口精二)が、単身、野伏せりの本拠に乗り込んで翌朝帰って来るシーンを「銃を二丁、土産に帰還…ただ黙って指を二本立てるだけ」(119頁)と描写するのも、もって帰ってきた銃は1丁、「黙って」じゃなくて、「ふたり」と言ってその銃を手渡すんだ。
村の長老(高堂国典)の名ゼリフ「やるべし!」を「やるべす!」(123頁)と記すのは、筆者にはそう聞こえるということなのだろうが、これは赤塚不二夫への敬意も込めて、「やるべし!」と書いてもらいたかった。

どうでもいい揚げ足取りだと思うでしょ?そりゃそうなんですが、でも、けっこう重要なニュアンスがこもった多くのシーンを記憶違いしているとしたら、ちょっとその人の言っていること、真に受けたくなくなりますわね。
たぶん、私の方が「七人の侍」はちゃんと観ているな。

そうそう。「七人の侍」のテーマ音楽には、歌詞もついてるのね。山口淑子が唄っているのがCDになってます。
決定盤 李香蘭(山口淑子)大全集決定盤 李香蘭(山口淑子)大全集
(2009/10/21)
李香蘭山口淑子

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月の輪書林古書目録十六
月の輪書林古書目録十六『太宰治伝 津嶋家旧蔵写真函解体』
月の輪書林古書目録16

(月の輪書林,2010.6.30,口絵写真16頁,本文205頁,頒価1,800円)

先日、ちょっとまとまった買い物をしたためでしょう、今回、はじめて自家目録を送ってもらいました。
面白いですねぇ。こういう古書目録の作り方もあるんですなァ。
2年ちょっと前に売りに出た、太宰の実家の写真入りの木箱1箱をメインに、太宰の一生、その一族の一生、それに関わる周辺の人物や事件に事寄せて、全3,700点以上の古書の目録を編成したもの。コメントやテキストの抜書きもあり、これ1冊で、「太宰治とその時代」を概観できるような仕掛けになっている。
(表紙の写真は、「津嶋璋子」という人らしいが、私にはどういう人かわかりませぬ。)

あ、そうか。「璋」は「タマ」と読むのか。つまり太宰の長姉のタマさん。大正元年に数えの24歳という若さで亡くなった人。(10.07.08補)

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Hollywood Singing & Dancing: 1920s
Hollywood Singing & Dancing: 1920s (Full B&W) [DVD] [Import]Hollywood Singing & Dancing: 1920s (Full B&W) [DVD] [Import]
(2009/08/11)
Various Artists

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ありゃ~日本のアマゾンでも買えるんだ。しかも、けっこう安い。
数ヶ月前、アメリカのアマゾンでチェックしていて見つけ、さっそく取り寄せて見た。いいですよ、ええ。
ハリウッドのミュージカル映画の歴史をたどるシリーズの1巻目。
「ザッツ・エンターテインメント」シリーズがMGM作品に限られるのに対して、ハリウッドのすべてのミュージカル映画を対象としていることろが貴重。もっとも、「ザッツ…」が興行を前提とした作品ゆえに、批評や説明よりは、観る楽しさを思いっきり前面に出しているのに対して、こちらはドキュメンタリー作品としての作りを強く出しているので、評論家や生き残りのスタッフの証言などを多めに交えているため、英語が堪能でないと、100%は享受したことにならないのかもしれない。しかし、英語力の低い私でも充分に楽しめる内容になっている。
20年代・30年代・40年代と10年きざみで現代に至るまで、7シリーズが売り出されているが、当方は40年代までの3シリーズ分を購入(ディスク数でだと5枚になる)。私は、ジュディ・ガーランドがMGMをクビになっちゃってから後のミュージカルには、もうあまり関心がないのです。「雨に唄えば」はちょっと別格ですが、「スタア誕生」も「パリの恋人」も、積極的に観たいとは思わない(いはんや「サウンドオブミュージック」をや)。だから40年代までで充分。
中で一番びっくりしたのが最初の20年代の。20年代って言ったって、初のオールトーキーの映画「Jazz Singer」の公開が1926年だし、扱われている作品のほとんどが1929年の製作なのだけれど、1929年にこんなに多くのミュージカル映画が作られていたことを初めて知る。しかもカラー作品が意外に多い。
ま、とにかく、古いミュージカル映画好きにとっては、必見のシリーズでしょう。

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ちょっと宣伝
日本古代文学と白居易 王朝文学の生成と東アジア文化交流日本古代文学と白居易 王朝文学の生成と東アジア文化交流
(2010/04/10)
高松寿夫 雋雪艶 編

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(勉誠出版,2010.3.31,356頁,\8,000〈本体〉)
はじめに(高松寿夫)
丹羽博之 絹を惜しむ詩歌―『万葉集』と『白氏文集』と韓国の漢詩
李満紅 大伴旅人「讃酒歌」の発想と表現―漢籍の享受と短歌の創作
河野貴美子 島田忠臣、菅原道真の詩と白居易―渤海使との贈答詩を通して
謝 思 [火韋]『千載佳句』所載の白居易佚詩に関する考察―中唐時代の歌伝協同体創作論を兼ねて
木戸裕子 大江匡衡「述懐古調詩一百韻」における白居易受容
吉原浩人 高階積善勧学会詩序考―白居易詩文と天台教学の受容
山中悠希 『枕草子』堺本・前田家本における『白氏文集』受容―堺本の随想群と『和漢朗詠集』
陣野英則 『源氏物語』「玉鬘十帖」の『白氏文集』引用 ―「篝火」巻における白詩からの変換の妙
中西智子 『源氏物語』と白詩「陵園妾」―手習巻および朝顔巻における表現的連関をめぐって
岡部明日香 『栄花物語』の新楽府引用―訓読・摘句による受容と展開
雋 雪 艶 句題和歌から見る日本における中国文化の受容―「浮生」と「春夢」の受容を中心に
錺 武彦 勅撰集の漢故事題和歌―白居易受容を中心に
張 哲 俊 都門・都門柳考―京都の都門柳と王維、白居易との関係について
高松寿夫 『菅家文草』元禄版本本文の性格
あとがき(雋雪艶)

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内山美樹子『文楽 二十世紀後期の輝き』(早稲田大学出版部)
文楽 二十世紀後期の輝き―劇評と文楽考文楽 二十世紀後期の輝き―劇評と文楽考
(2010/02)
内山 美樹子

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歴史は長いけれど、ここ何年も出版部としての見識を持っているのか疑わしくなるくらいに目だった出版成果がなかった出版部から、久々の快挙。
内山先生が、かつて雑誌や新聞に寄せた、そのときどきの文楽公演の時評をまとめた1冊。
私は、いままでの人生で幸せを感じる事柄のひとつとして、越路大夫と津大夫の義太夫を生で聴けたことを挙げてはばからないが、その越路大夫が1987年9月に東京の国立小劇場で語った「酒屋」は、蓑助のお園の人形と相俟って、誠に素晴らしいものであった。大学3年生であった小生は、文楽の公演ではじめて心の底から感動を味わったのだが、その体験の数日後、読売新聞に掲載された内山先生の文楽評を読んで、自分の感覚は間違っていなかったことを確認して、うれしかったのをよく覚えている。もちろん、その記事も収録されている。その記事の前後の4年間(つまり当方が学部生時代ということ)は、比較的よく文楽公演には足を運んでおり、読んでいて懐かしい。津が意外にあっけなく逝ってしまい、越路が引退し、以後、文楽からは遠のいてしまった。
10年近く前、ふと急にまた文楽公演に行ってみたくなり、ふらっと国立劇場の窓口に行って、「文楽の当日券ください」と言ったら、受付のお姉さんに穴の開くほどマジマジと見つめられ、いかにも呆れ果てたという口調で、「当日券はございません」と言われたことがある。我々が学生のときは、当日券でいつ行っても入場できたもんだったような気がしたけど、その後、文楽公演はけっこう人気で席を取るのがむずかしくなったみたい。で、けっきょく20年近く、生の文楽公演には行っていない。

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展示2件
展示に行ってまいりました。
まずは、演博の「並木宗輔展」。もう、文字いっぱいです。ごちそうさまでした。
並木宗輔展(B5版,2009.12.1,88頁,\1,000〈税込〉)

そして、会津博物館。韓国嶺南大学所蔵の古地図コレクションの特別展示です。18世紀から20世紀初頭の資料が中心。文化3年(1806)に日本で出版された朝鮮地図に緯線が印刷されているのが意外だった。すでに38度線の認識があったんですなァ。
朝鮮半島古地図(A4版,2009.11.24,47頁,\800〈税込〉)

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Anna May Wong に導かれて
Piccadilly [DVD] [Import]Piccadilly [DVD] [Import]
(2004/06/28)
Gilda GrayAnna May Wong

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ある文献を読むともなくパラパラめくっていて、ふと「Anna May Wong」という女優の存在を知った。1920年代から、ハリウッドやイギリスの映画界で活躍した中国系の女優の由。なんとなく気になって、アマゾンを検索して、いくつかの作品はDVD化されていることを知り、アメリカのアマゾンから2本とりよせて観た。
最初に観たのは上掲の「Piccadilly」。1929年のイギリス映画。結論から言うと、眼目のAnna May Wongは、本編よりもパッケージ(公開当時のポスター図案を利用している)の方が遥かに魅力的である。しかし、作品そのものには非常に感銘を受けた。デジタル処理のおかげではあろうが、きわめて鮮明な奥行きのある映像で、80年前にこの映像が撮影されていたことに驚嘆する。サイレント作品なのだが、冒頭はショークラブのミュージカル・シーンから始まり、これがまたみごとに音楽性を感じさせて、後年のミュージカル映画に引けを取らない。俳優の重厚な演技も、まことに雄弁。サイレント映画の水準の高さを再認識させられた思い。
さて、もう1本は、やはりイギリス映画で、1934年に作られた「Chu Chin Chow」。
Piccadilly [DVD] [Import]Chu Chin Chow [DVD]
(2005/06/21)
George Robey May Wong

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「ちゅーちんちょう」ってなんだ?ってこってすが、内容はつまり「アリババと40人の盗賊」です。タイトルは「朱金昭」という字を当てる、中国の大富豪の名前。盗賊の頭目アブ・ハサンがその大富豪に化けてバクダットの富豪の邸宅を訪ねてくるというストーリーになっている。Anna May Wongは、そのアブ・ハサンを手引するためにバグダットの富豪宅に潜入しているスパイの役どころ。原作は、同時期にイギリスで大当たりしたオペレッタらしい。したがってミュージカル仕立てなのだが、これまたなかなか面白い出来栄えになっている。Anna May Wongは、低い魅力的な声。だけどこの作品の最大の魅力は、アブ・ハサン役のFritz Kortnerという俳優。徹底的な悪人を、陽性のキャラクターでみごとに演じている。「岩窟の野獣」のチャールズ・ロートンをもっと陽性にしたような…。歌舞伎の天下茶屋の元右衛門なんかにぴったりなキャラクターかもしれない。この俳優も、私はいままで知らなかった人。
Anna May Wongをきっかけとして、20年代・30年代のイギリス映画―これまでだと初期のヒッチコック映画ぐらいでしか知らなかった―の魅力に開眼した次第。
もちろん、Annaの役どころによって、この時期のヨーロッパにおける東洋イメージをうかがうことができるという興味深い側面もあるのだけれど。



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四コマ漫画
四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)
(2009/08)
清水 勲

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岩波新書の新刊『四コマ漫画』(清水勲著,2009.8.20,185頁,\740〈本体〉)を買った。副題に「北斎から「萌え」まで」とある。新聞・雑誌の四コマ漫画は、やっぱり欧米の形式を真似るところから出来するらしいんだけれど、日本でも、江戸時代には、コマ割りの挿絵でストーリーなどを表現する様式は独自に出来上がっていたことも指摘される。
おそらく日本独自のヨンコマ表現の現われとして考えられるのだろう、西村芳藤画の『新版しんぶんづくし』なる1枚刷物が紹介されている(同書19頁)が、同じ題の刷物を私も最近手に入れた。
新版しんぶんづくし
清水氏著書に紹介されているのと同じ西村芳藤(藤太郎)画の同題刷物で、刊記まで「明治九年七月十二日御届」で一緒だけれど、掲載されている事件は、まったく異なる。版元は「浅草南馬道新町十七番地 小玉孫七」とある。8つの市井の事件を、それぞれ四コマで報じている。「しんぶん(新聞)」だから、そのときそのときの出来事を報じる異版があって不思議ではないのだけれど、刊記の日付までが一緒ということは、このシリーズの出版許可を取った日付を掲げてあるだけで、実際の出版は少しずれるのかもしれない。
描かれた人物は、男性はほとんど丁髷姿だが、1話だけ断髪姿が見られる。明治9年の風俗を反映しているのだろう(一応「断髪令」は明治4年に出ているけれど)。

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恋娘牡丹燈籠
恋娘牡丹燈籠
(丸山広蔵版,1899.10.15,6丁〈表紙共〉,定価3銭)
先月、古本市で手に入れたシロモノの紹介。
お馴染みの三遊亭円朝作『怪談牡丹燈籠』にもとづく、口説系の芸謡の文句を綴った小冊子。幕末・明治期に江戸ではやったヤンレ節や、今でも郷土芸能として生きている上州の八木節なんかに近いものだと思う。
内容は、かなり忠実に原作をなぞっていて、この1冊で発端の本郷刀屋の件りからお露新三郎の馴れ初めまでを、実に要領よくダイジェスト化してある。
奥付によって、新潟県古志郡で発行されたものであることが知られるが、地方出版の芸謡とあって、詞章に相当強いお国訛りが認められるところが面白い。ヒロインの「お露」は「おつよ」。「お江戸」は「おいど」、「湯島」は「よしま」、「飯島」は「いへじま」…。
ストーリーの要約の要領のよさからすると、たぶん速記本に基づいて書いているのだろうと思うけれど、オーラルな個性がなんでこんなに顕著なのか、不思議に思う。

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