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83年前の『13歳のハローワーク』
『世の中への道』と題された古本を入手(1929.9.30,文藝春秋社,242頁)。
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(画像は扉。)
「小学生全集」というシリーズの1冊(第84巻)。その「はしがき(父兄の方々へ)」を以下に引用する。

 皆さん――
 私共は就職難、生活難の声を毎日のやうに耳にいたします。それは現在活動しつゝある人々にとつては、別になんでもないかも知れません。しかし、それは恐ろしい一つの社会問題であると存じます。かうしたことがらは今後世が進んで参りまして社会が複雑になるにつれて一層ひどくなつて行くのではないかと思はれます。そしてそれを、現在小学校に行つていらつしやる愛読者諸君も遅かれ早かれ考へられるやうになると思ひます。勿論愛読者の方々はいづれもいゝ家庭にお生れになつてゐることと信じますが、人はいつ何時どう言ふ事柄にぶつからぬとも限りません。昨日の富豪が今日は月洩る荒家に住むやうなことも、社会には多々例を見るのであります。此の「世の中への道」は「常に用意する」意味で作られました。日常、愛読者諸君が本書を読まれて、来るべき時代の世の中へ出て行かれる参考になさることは決して無意味でないばかりか、さうした不時の場合、きつと当事者は、本書を読んで置かれたことによつて特別に善処し、益されることがあると信じます。勿論不備の点も多々あることと存じますし、又就職などと言ふ問題はなかなか小学生の方々に理解させることは難事であります。就職難、生活難の声の叫ばれる時代に、本書が現はれただけでも意義があるとお思召された方々は、愛児のために難解の点について理解の行くやうお力添へくださるやうにお願ひいたします。
   昭和四年八月     小学生全集編輯部


10年近く前、村上龍が『13歳のハローワーク』(幻冬舎)を出版して話題になったけれども、すでにそれよりも70年以上以前に同様の企画出版が存在していたのである。
昭和4年(1929)といえば、世界恐慌が始まった年として知られるが、しかし、この書が刊行された9月は、まだブラック・マンデー(10月19日)以前である。世界的景気動向は、むしろこれ以後に著しく悪化することとなる。
で、本書の扉絵には、下掲のような絵が掲げられている。
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手前の学生服の少年は、納豆売りをしている。
小学校を卒業して、納豆売りとして働きつつ苦学し、将来の立身に備える――本書が提示するひとつのあり得べき姿は、そのような選択であった。
現在の中学生向けのキャリアガイダンスが、「まだ社会にでるまでに3年から7年ほどゆとりがありますが、きたるべき将来のために、世の中のことを知っておきましょう」というコンセプトであるのに比べ、はるかに切実で過酷な状況が、この時期の小学校高学年生には存在していた。(当時、義務教育の6年間を終えた後、高等小学校に2年間通う者も多かったので、本書の対象は現在の中学2年生くらいまで含まれると考えられる)。
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『高等女学講義』と『女学の友』
最近の古本市で購入したものを紹介。
かつての早稲田大学は、『早稲田講義録』を出版し、通信教育を大々的に展開していたことは有名。
諸事情で東京に出てゆくことはかなわないものの、向学心に燃える地域の青年から大きな支持を得ていたらしい。(ちなみに、『早稲田文学』も、逍遥先生と鷗外漁史が論争していたころは、文芸誌というよりは、講義録の傾向が強い雑誌だった。)
ところが、その早稲田の『講義録』に、女学生向け版があったことが判明。
今回、昭和5年(1930)発行の『講義録』と、それの附録雑誌を何冊か入手。
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上の画像の、右側『早稲田高等女学講義』というのが講義録で、左側『女学の友』が附録雑誌。いずれも月刊だったようだ。
講義録、早稲田っぽくねー。昭和初期のモダンな雰囲気いっぱいの表紙絵に、ちょっと驚く。内容は、各教科のまさに講義録なのだけれど、科目には手芸や「結婚とは何か」といったような啓蒙的話題の連続講話もあり、いかにも女性向け。衛生学みたいなのも含まれているのは、この講義録によって課程を終えると、専門学校受験資格が得られ、助産婦や看護婦への道が開けるというルートもあったかららしい。日本史でも、「山内一豊の妻」とか「春日局」といった、著名な歴史上の女性の逸話をわざわざ織り交ぜて記述されている。
『女学の友』は、表紙こそ地味だけれど、内容は、先輩受講生の体験談、受講生同士の文通欄、受講生からの健康・進路相談への回答のほか、小説や著名人によるエッセーなども掲載され、読み物としてなかなか面白い。
下の画像は、講義録・附録雑誌それぞれの裏表紙。「ヘチマクリーム」も「中将湯」も、このころの婦人誌でお馴染の商品ですな。
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こんにち的観点から面白い内容はたくさんあるけれど、私じしん実際に使われているのを始めて見たというものをひとつ紹介。
下掲は、講義録の方に掲載された書道の手本なのだけれど、これ、なにが書いてあるかわかります?
「とりなくこゑすゆめさませ…」これは、明治の中ごろに、当時の代表的大衆新聞『万朝報』が公募で選んだ、新いろは。つまりいろは48文字すべてを一度ずつ使った文。「いろは」に対して「とりな」と呼ばれたらしいが、こういうものが新聞社の公募で出来たということは知っていたけれど、こうやって実際に使われているのを目にしたのははじめてで、これにも驚いた。公募で決ってから30年くらいたっているはず。けっこう息が長かったんですねぇ。
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この『早稲田高等女学講義』、創刊は大正11年(1922)で、戦時中の途絶はあったようだが戦後間もなくまで出されたらしい。ところが、早稲田の図書館には戦後出版分が多少所蔵されている程度で、ほとんど残っていないみたい。『女学の友』に至っては、影も形も確認できない。大学史資料センターにはあるのかな?
でも、大正から戦前期の女性高等教育の資料って、かなり重要なものなのじゃァないかしらん?

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夏目漱石・中村不折・明治38年10月
先々月(7月)のなかごろ、例によって古書会館に行って物色していたところ、茶色い本の山の上に、博文館発行の「当用日記」があるのに気付き、手に取ってみた。
明治38年の当用日記
明治38年(1905)のもので、8割くらい書き込まれている。読み難そうな筆文字だったけれど、値段が1,000円という格安なこともあって、まァ、とりあえず買っておきましょうか、と購入に及んだ次第。
日露戦争2年目の日記で、日記の主は横浜在住らしく、戦争関連記事も少なくない。
しかし、この日記の記事で、今のところ、もっとも興味深いのは、10月8日(日曜日)の記事だ。
明治38年の当用日記(10月8日)
読み難い字です。個人の日記なのだから、まァ仕方がない。
本文3行目の下から5文字目あたりから注目してください。14文字ばかり翻字してみます。

…更ニ夏目漱石 中村不折 両氏を尋ね…


この日記の主、夏目漱石と中村不折を立て続けに訪問している。
時に、明治38年10月です。この訪問の直前、『吾輩は猫である』(第1冊)が刊行されていました。奥付によれば明治38年10月6日。筆者はもちろん夏目漱石。そして、中村不折が挿絵を担当しているのでした。
この日記の主の漱石・不折訪問は、たぶん、この『吾輩は猫である』出版に関わるものだったと考えられる。
いちおう、この日記の主が誰であったか、特定済み。日記の他の記事などから、漱石・不折とも、旧知の間柄だったことが判る。
そして、『漱石全集』(岩波書店版)の書簡集所収の漱石の手紙によって、この訪問の裏づけもできそうです。詳細は省きますが、この10月8日の訪問で、この日記の主は、刊行されたばかりの『吾輩は猫である』を恵与されたらしい。直後にそのお礼として、漱石にスルメを贈っているようです。猫のお礼にスルメ、と洒落ているのでしょう。――ということは、この日の訪問時点では、この日記の主はまだ『猫』を購入していないままに、漱石を訪ね、1冊もらってきた、ということでしょうか。広告などで『猫』の出版を知り、旧知の漱石を訪問したものとみえ、もしかすると、今訪問すれば、1冊もらえるかもしれない、くらいの計算があったものかもしれない。もらった『猫』を手に、その足で挿絵を担当した、やはり旧知の不折の宅に直行したことになる。

この記事だけでも、1,000円は安すぎる。古書市には、なにがころがっているかわからない。

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速記雑誌『百千鳥』第2巻第1号
『百千鳥』第2巻第1号
(発行所:吟好会,発売元:駸々堂書店他,1891.1.5,8銭)
三遊亭円朝の『怪談牡丹灯篭』が発売されて評判を呼んで以来、明治20年代、速記術を駆使した、落語・講談の連載雑誌というのが、たいへん流行したらしい。『百花園』とか、『東錦』とか、『花筺』とか。1号につき5・6人の噺家・講釈師の落語・人情噺・講談が掲載される。落語は1回読み切りも多いけれど、人情噺・講談は少しずつ何号にも渡って連載された。それらの多くは東京に版元があったが、唯一、大阪で出版されたのが、この『百千鳥』という雑誌だったそうな。1ヶ月に2冊の割合で刊行され、30冊ばかり出たところで年が改まり、明治24年には第2巻として順次刊行されたようで、その第2巻第1号を最近手に入れた。
目次は次のとおり。
  春の詞/竹園居士
  春の夢内津復讐(第1、2席)/石川一口
  吉原奇談雨夜鐘(第1席)/翁家さん馬
  飛鳥山花の曙(第1席)/玉田玉芳斎
  高野駕篭(完)/曾呂利新左衛門
  真田織古郷の錦(第1席)/松月堂呑玉
  厄はらひ/桂小文枝
  (附録)羽団扇(完)/翁家さん馬
  速記者:丸山平次郎・島田喜十郎
  挿 画:稲野年恒・田口年信・泉谷信光
面白いなァと思ったのは、表紙なのです。
下方手前の白紙に、なにやらアラビア語のような文字がのたくってますが、これがつまり、速記の書体なんですね。それで、その背景になっている原稿用紙に、その速記を起こした文章が記されている、という趣向のようです。しかも、原稿用紙は裏向きに袋とじされている絵柄になっていて、つまり反故裏を再利用した帳面の体裁。ユニークな意匠ですなァ。
原稿用紙の文字は、裏文字になっているけれど、しっかり読み取れるようになっている。試みに翻字すると、以下のとおり。

速記術とは一種の簡単明瞭なる文字を以て、人の音声を発音と同時に記載するの、方法にして、我国に於て此術を発明し、始めて世に公にせられたるは我師源綱紀先生にして、先生は明治十五年十月廿八日、東京に於て之が伝習を試みられたるを以て嚆矢と致します……
抑々人類が音声を分解すれば父音母音の二種となる、又此父母音を合して諸種の子音を生ずると云


速記術の来歴が記されているのでした。子音の意味が現在と違っていたりするのも面白い。また、原稿の文字はわざとところどころ間違っていて、それを朱で校正してある。この時代の校正の仕方もうかがえて、これまた興味深い。
私は、速記の書体などというものは解読できませんが、手前の紙に記されたのが、この原稿の文章とたぶん同一だろうと判断するのは、4行目に「15/10/28」と記される数字が、原稿の文章中の「明治十五年十月廿八日」と一致するため。
ま、とにかく、なかなか洒落た表紙の趣向ではございます。

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邨岡良弼『続日本後紀纂詁』
今年の正月、古書市でたまたま目にしたブツが、意外に面白い。
続日本後紀纂詁
明治期の学者で、邨岡良弼という人物が著した、『続日本後紀纂詁』というもの。
和本10冊であるが、出版されたのは明治45年(1912)と、夏目漱石や森鷗外の活躍時期とかわりない時分。装丁の古めかしさ同様に、注釈そのものも、漢文体のいたって古風な内容である。
『続日本後紀』の注釈ということじたいが、きわめて珍しいと言えるが、興味深いのは、『続後紀』の文章や語彙に対して、漢籍での典拠や用例を、かなり丁寧に指摘している点。知られている文献で例えるならば、『日本書紀』に対する河村秀根の『書紀集解』に近い。
続日本後紀纂詁
上に掲げたのは、その冒頭であるが、国史の本文を、歴史の記録としてのみ捉えるのでなく、その文章を、編纂当時の文筆そのものとして評価しようという姿勢が明確に現れている。当方は、最近、六国史の本文やそこに引用される文書の本文を、その時代の文筆資料としてもっとしっかり評価するべきなんではないか、という思いを強くしているのだが、そんなことを考えていると、自然にそれに関するこういう文献が目の前に現れてくるものなのですな。
もっとも、この邨岡良弼著は、けっして埋もれて忘れられていた文献ではなく、知る人ぞ知る文献であったようだから、知らなかった当方が無知だったということでしょう。
明治期の出版物なので、国会図書館のデジタルライブラリーで、全文を読むことも可能。しかし、現物を手元におき、気の向くままにパラパラとめくる楽しさは格別。購入以来、就寝時に少しずつめくるのを日課にしている。漢字ばっかりだから、すぐ眠たくなって、睡眠導入剤として最適。1ヶ月半たって、まだ3冊目の最初の方。

「桜田門外の変」関係の風聞集
ほんとうはもっと早い時期に話題にすべきだったんだろうけれど、今年は桜田門外の変が起こってから、ちょうど150年目だった。
事件は安政7年(1860年)3月3日のこと。旧暦の上巳の節句に大雪が降るというのは、きわめて珍しいことだったろうが、太陽暦に直すとこの年の3月3日は3月24日だそうだから、大雪はあり得ないことではない。
大老暗殺という大事件だっただけに、同時代の人々の関心を大いに集め、各種の記録が残された。吉村昭氏の小説『桜田門外ノ変』は、残された多くの同時代資料に基づき、事件までの経緯と、実行に加わった者たちのその後の足取りを、詳細に追っていて、読み応えがある。
桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)
(1995/03)
吉村 昭

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秋には、この吉村氏の小説を原作とした映画も公開された。吉村氏のドキュメンタリータッチの作風が、どこまでうまく生かされているか興味もあり、観に行ったのが、かれこれ2ヶ月近く前か。それなりに興味深い作品に仕上がっていたが、視点人物(関鉄之助:実行犯のひとり)が映画だとヒーローとしてクローズアップされすぎてしまい、観る者はどうしても彼への感情移入が求められてしまう分、ドキュメンタリー風の生々しさというか、圧倒されるような事実の重みのようなものが薄れてしまったように思われる。
だいたい、テロリストに感情移入しろ、というのが難しい相談だと思う。
ま、それはさておき、吉村氏は、小説執筆に当たって参照した資料を、巻末に一覧として掲げているが、そこに挙がっているだけでも、かなりおびただしい資料である。関鉄之助自筆の日記類をはじめ、参照すべき資料はほぼ網羅されていると考えてよいのであろうが、世間には、事件当時の様々な人が、衝撃的な事件への強烈な関心から、資料を集めてまとめた文献が、いまなお、わりとしばしば古書市などにころがっているのを目にする。折に触れて、安いものを買っておいたものが、気付いたら4点ばかり私の手元にも集っていた。
万延聞書
まずは、『万延聞書』の外題を持つ写本(安政7年は、事件直後に万延元年に改元された)。事件直前の安政7年正月の徳川斉昭の書簡を冒頭に、事件後に各方面で執筆された文書類の写しから構成されている。比較的、公文書的性格の強い文書が中心に集められている。掲げた画像は、アメリカ公使・ハリスからの井伊直弼への負傷見舞(直弼は、襲撃時に即死しているが、公的には負傷したことにされていた)への返書。この他にも、フランス・イギリス等各国の見舞への返書が掲げられている。
船のはなし
お次は『船のはなし』という外題の一冊。題名の由来はよくわからない。安政の大獄から生麦事件のころまでの諸記録集。大老襲撃時の詳細な様子が記された後に、情報源について次のように記す(掲げた画像の終りから4行目)。
右は久永石見守(半蔵御門外)様中間、築地へ役の途中、右変事に出合、御堀土手へ隠れ居(り)、始終見届(け)候者より伝聞之話云々。
襲撃にたまたま居合わせた中間が堀端の土手の陰から見ていた目撃談だというのである。お江戸のど真ん中の出勤時間帯なので、大雪が降っていたとはいえ、目撃者は当然いたのである。
花散里 
さてその次は、『花散里』と題す。これは古書店の目録で注文したのだが、「『源氏』の写本じゃありませんよ」と店主から念を押された。桜田門外一件に関するやはり諸記録集で、外題は、舟橋聖一の『花の生涯』を先取りしていると言えなくもない。
画像を掲げた箇所では、井伊直弼の首級を挙げた薩摩藩脱藩士・有村治左衛門の最期の様子を記している。
有村治左衛門は左之手首無之、片手にて切首携(へ)龍ノ口・遠藤但馬守殿組合辻番場内に参り、喉を突(き)相果(て)候。腰巾着之内に金四両壱分弐朱有之候。外に薩州有村治左衛門兼清と認(め)候帳面壱冊、上書壱通、歌壱首有之候。左之通り
  忠孝 君が為尽す心の武蔵野に 野辺の草葉の露となるとも
治左衛門は、先の『船のはなし』によると、井伊の首級を切り落とすと、刀の切っ先に突き刺して、それを掲げて現場を立ち去ったらしい(吉村氏の小説も同断。複数の記録でその行動は記録されている)。映画では、この剣先に首を突き刺すという記録を採用していなかった。あまりにも生々しくすさまじい絵柄になってしまうことを憚ったためか。ヒトの首というものは見た目よりはるかに重いと聞いたことがあるが、それを剣先に田楽刺しにした光景というのは、事実はそうであったにしろ、なにか非現実的で、滑稽ですらあるような気もする。さて、その治左衛門の最期は、襲撃時に重傷を負ったための自害であった。襲撃時に重傷を負った場合、末期のうわごとなどであらぬこと(仲間の名前や所在など)を口走らぬため、自害するというのは、襲撃前に実行犯グループ内で申し合わせになっていたことは、吉村氏小説に記されている。かねて辞世の歌が携帯の巾着に忍ばせてあった、ということであるが、実はこの辞世には、文献により異伝がある。前掲『船のはなし』には「岩嶺(いはがね)も砕(か)ざらめや武士(もののふ)の世のためにとて思ひきる太刀」であった、と記してある。
隅田川底廼濁 
しかし、その「岩がねも…」の辞世は、有村治左衛門のものではなく、別の実行犯のひとり佐野竹之助(水戸脱藩士・事件後細川家に預けとなり、処分前に病死)の辞世二首のうちの一首だった、と記すのは、別の写本『隅田川底廼濁』という記録集(上掲画像)。しかし、佐野の辞世は、『花散里』では別のうたになっている(もう一首の方は両書とも同一歌)。情報の錯綜があるようだ。『隅田川底廼濁』で面白いのは、事件後に世間で行われた落首・俗謡の類を記録していること。映画でもとりあげられていた「ナイナイ尽し」(但、吉村氏原作には記述はない)も掲載されているが、その他にも、画像に掲げたような無責任な戯作の数々(一例「掃部頭頭取られて只の掃部となりにけり」)。
この文献は、編纂者の識語が巻末にあって貴重。曰く。
安政七于時万延ト改元セル年庚寅六月/諸説ヲ輯禄メ遂ニ此篇ヲ為スニ至ル/如蘭庵/靖郷筆記
事件から4ヶ月(この年は閏3月があった)ばかりでの成立である。

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音楽喫茶・ヤングメイツ
音楽喫茶ヤングメイツ
先日の古本市で見つけたもの。
谷啓さんの訃報の直後でもあったので、目に付いたのかもしれない。ライブ中の写真というより、わざわざ写真用にポーズをとっているように見えるけれど、なかなかいい写真だと思います。
かつて日比谷にあった音楽喫茶のプログラム。この「音楽喫茶」というのが、私などにはよくわからないのだが、この表紙の写真からなんとなく想像できる。
ナベプロ直営の音楽喫茶だったようで、同プロダクション所属の歌手が日替わりで出演し、特に土曜・日曜には、売れっ子が出演したようだ。中尾ミエ,布施明,ザ・ピーナッツ,いしだあゆみといった名前が見える。ザ・タイガースの出演時だけは前売りが売り出されたらしい。
何年のものなのか記されていないが、顔ぶれから1960年代後半といったところか。
入場料とドリンク込みで平日400円、土日500円っていうと、映画の入場料金ていどかな。それで5~6時間いられたみたいだから、なかなかお得な遊び場かもしれない。もちろん、お目当てまでには延々と新人や無名の歌手が登場したんでしょうけどね。今、こういう空間あるんですかね。疎くってわからないや。

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『支那小説 遊仙窟』(富士貸本出版部)
遊仙窟(表紙)
(1893.7.4再版,富士貸本出版部,巴利三郎編,102頁,定価25銭)
唐の張文成(張鷟)が執筆した伝奇小説『遊仙窟』の、明治26年に出版された活字本。同書の活字本としては、もっとも古いものらしい。古注も収め、頭注も充実している。本文・頭注は、元禄3年の序を有して江戸時代に版行された一指の『遊仙窟鈔』によるらしいが、頭注は大分改訂されているようだ。
巻頭の編者による「緒言」に「二三ヶ処本文を隠せし処は代ふるに○もてしたれど」云々とあり、いったいどんなところを伏字にしたのかしらんと探すと、案の定の箇所であった。
遊仙窟(伏字)
主人公・張生と、宿の女主人のひとり十娘との同衾場面である。ご覧のとおりの「○」の羅列。明治の半ばにあっては、やはり堂々と活字化するには、はばかられる本文だったのだろう。井原西鶴の好色本も伏字だらけだった時代である。
ただ、今回入手した本の面白いのは、この伏字部分の本文が、別紙に印刷されたものが一緒になっていたこと。
遊仙窟(別紙)
伏字の頁ののどに糊付けされていたけれど、それは多分、この本の元の持ち主の仕業で、売られているときには、別々になっていたのではないかと思う(最初から糊付けされていたら、伏字にする意味がない)。まるで、温泉場の地下出版物である(いえ、私は実物は知りませんが、そういうものがかつてあった、ということをモノノホンで読んだことがございます)。
『遊仙窟』は、万葉の時代から日本人が好んで読み伝えた(そして中国では長いことすっかり忘れ去られた)物語だが、ポルノグラフィ的要素が多分にある。こういうものを後生大事に注釈つきで千年以上享受してきた、というところに、日本文化の特色の少なくともある一面が現れていると思う。

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四コマ漫画
四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)
(2009/08)
清水 勲

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岩波新書の新刊『四コマ漫画』(清水勲著,2009.8.20,185頁,\740〈本体〉)を買った。副題に「北斎から「萌え」まで」とある。新聞・雑誌の四コマ漫画は、やっぱり欧米の形式を真似るところから出来するらしいんだけれど、日本でも、江戸時代には、コマ割りの挿絵でストーリーなどを表現する様式は独自に出来上がっていたことも指摘される。
おそらく日本独自のヨンコマ表現の現われとして考えられるのだろう、西村芳藤画の『新版しんぶんづくし』なる1枚刷物が紹介されている(同書19頁)が、同じ題の刷物を私も最近手に入れた。
新版しんぶんづくし
清水氏著書に紹介されているのと同じ西村芳藤(藤太郎)画の同題刷物で、刊記まで「明治九年七月十二日御届」で一緒だけれど、掲載されている事件は、まったく異なる。版元は「浅草南馬道新町十七番地 小玉孫七」とある。8つの市井の事件を、それぞれ四コマで報じている。「しんぶん(新聞)」だから、そのときそのときの出来事を報じる異版があって不思議ではないのだけれど、刊記の日付までが一緒ということは、このシリーズの出版許可を取った日付を掲げてあるだけで、実際の出版は少しずれるのかもしれない。
描かれた人物は、男性はほとんど丁髷姿だが、1話だけ断髪姿が見られる。明治9年の風俗を反映しているのだろう(一応「断髪令」は明治4年に出ているけれど)。

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恋娘牡丹燈籠
恋娘牡丹燈籠
(丸山広蔵版,1899.10.15,6丁〈表紙共〉,定価3銭)
先月、古本市で手に入れたシロモノの紹介。
お馴染みの三遊亭円朝作『怪談牡丹燈籠』にもとづく、口説系の芸謡の文句を綴った小冊子。幕末・明治期に江戸ではやったヤンレ節や、今でも郷土芸能として生きている上州の八木節なんかに近いものだと思う。
内容は、かなり忠実に原作をなぞっていて、この1冊で発端の本郷刀屋の件りからお露新三郎の馴れ初めまでを、実に要領よくダイジェスト化してある。
奥付によって、新潟県古志郡で発行されたものであることが知られるが、地方出版の芸謡とあって、詞章に相当強いお国訛りが認められるところが面白い。ヒロインの「お露」は「おつよ」。「お江戸」は「おいど」、「湯島」は「よしま」、「飯島」は「いへじま」…。
ストーリーの要約の要領のよさからすると、たぶん速記本に基づいて書いているのだろうと思うけれど、オーラルな個性がなんでこんなに顕著なのか、不思議に思う。

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「大正16年正月」
本道楽・大正16年新年号
先日の某古書市で、雑誌『本道楽』が、大正15年5月の創刊号から昭和3年9月号まで、ほぼ揃いで出ているのに出っくわした。面白そうだったので、買ってみる。
今から80年以上前の古本好きの、フェティッシュな文章の数々が、いい。この雑誌、静岡で出版されていたものだが、かなり長い間刊行され続け、古書誌研究の世界でも一定の評価を得ているものの由。
画像を掲げたのは、刊行し始めて最初の正月に際しての号。普段号より記事が多いだけじゃなくて、表紙のデザインも凝っている。編集者(西ヶ谷潔)も、はりきって新年号を作成したものでしょう。表紙に印刷された発行日は「大正十六年一月一日」とある。しかし、大正15年の暮れも押し詰まった12月25日に大正天皇が崩じたために、たった1週間、昭和元年があり、大正16年の元旦となるはずだったところが、昭和2年元旦ということになる。7月に終った明治や、1月になって終った昭和と違って、「大正16年」という年号が刷り込まれた印刷物は、この世に大量に存在しているに違いない。これもそのひとつ。
ただ、商業誌が1ヶ月以上前に新年号を出してしまうのと違って、この『本道楽』誌は、12月の末か、1月になってから出版されたものと見え(奥付には「大正十五年十二月二十八日印刷/大正十六年一月一日発行」とあり)、急遽、表紙に「改元詔書」を重ね刷りしている。見返しには、「新年の御吉慶芽出度申納候」と印刷していた上に、貼紙して、「新年の賀詞御遠慮申上候」に改められている。

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中村是好の色紙
中村是好色紙
金曜日は東京古書会館。昨日は「趣味の古書展」。
たいして欲しいものも見つからないまま彷徨っていると、色紙がひと山でているのが目に留まる。どれも安い値段で、ま、無名氏の揮毫になる色紙の投げ売りです。
で、ちょっと物色してみたら、上掲のごとき色紙にぶつかった。署名は「是好」と読め、落款の印面は「中村」とある。「中村是好」――昭和の初年から昭和がほぼ終ろうとするころまで活動した俳優だ。
エノケン(榎本健一)一座のバイプレイヤーで、エノケン映画ではもっとも名の高い「チャッキリ金太」(1937年,P.C.L)では、エノケン演じる巾着切りの金太をどこまでも執拗に追っかける目明し役だった。あれが、たぶん彼の生涯もっとも大きな役だったんじゃないか、と思う(舞台での活躍はよく知らないが)。戦後も東宝映画を中心にバイプレイヤーとして息長く活動した。バイプレイヤーって言ったって、志村喬や笠智衆みたいなスゴい役者じゃないんです。植木等の「日本一のゴマすり男」(1965)の冒頭で、植木の父親役でほんの1シーンだけでてくるとか、そういう役どころ(ちなみに母親役は中北千枝子―「素晴らしき日曜日」でヒロインやってた人)。でも、60年代の東宝制作の喜劇映画にはよく顔を出している。でも沢村いき雄みたいなイイ個性がないんだなァ。じゃァなんだって、そんな役者の色紙なんぞ買うんだ、ってことでしょうが、そういう役者ならではの懐かしさというようなものが、たしかにあるような気がする。楽焼や書に晩年凝ったようで、この色紙もなかなか達者に書いている。しかし、色紙に記された文句は、いかにもありきたりなもので、そこがまた彼のイメージ通りと言えようか。
それにしても、200円という値段は、本屋、知っててつけているのかどうか。

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『歌舞伎座ニュース』の創刊号
歌舞伎座(創刊号)
現在の歌舞伎座は、昭和25年(1950)の年末に再建されたもので、その杮落し公演は昭和26年正月興行だった。それに際して発刊されたと思しいパンフレットを購入。それが上掲写真で、全16ページの小冊子。第2号も一緒に売りに出てたので、何号か続いて発行されたらしい。ただし、現在の筋書きパンフレットとは異なり、その月の舞台演目・配役等についての記述はない。評論家の秋山安三郎の文章を冒頭に据え、中村吉右衛門(初代)・市川猿之助(猿翁)・坂東三津五郎(7代目)・中村時蔵(3代目)というその当時の幹部俳優の文章、そして識者から寄せられた葉書アンケートと続く。筋書きがこれとは別に売られたものかどうか、私は知らない。奥付によるに、昭和25年12月23日発行、販価10円、編集兼発行人は歌舞伎座宣伝部となっている。
さて、そこに挟み込まれるかたちで、『歌舞伎座ニュース』の創刊号が出てきたのでありました。それが、下掲の画像。

歌舞伎座ニュース(創刊号)

B4版2つ折で、冒頭に歌舞伎座再開についての文章が掲載され、残りの3ページはこの杮落し興行の番組と配役・筋書きが記されている。
『歌舞伎座ニュース』というタイトルのパンフレットについては、このブログで過去2回(ここここ)とりあげました。ここでようやく創刊号にさかのぼれたわけだけれど、このパンフ、かなり頻繁に体裁を変化させていたことになる。

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巌谷小波『改訂袖珍 日本お伽噺』(博文館)
おなじみの巌谷小波によって博文館から出版された子供向けシリーズ『日本昔噺』『日本お伽噺』は、明治の末には合本されてそれぞれ1冊の袖珍本としても出版されたらしい。今回入手したのは、その『日本お伽噺』の方。初版は明治44年5月だが、入手したのは大正10年3月の第10版。いかによく売れたかってこってす。
今回、これを買った大きな理由は、そのテキストもさることながら、挿絵の魅力でした。
熊本城

草薙剣

掲げたのは上が「熊本城」という逸話(西南戦争時の谷干城の熊本篭城の話)の、下は「草薙剣」(ヤマトタケルの逸話)の、それぞれ挿絵。単行本でも魅力的な挿絵が付されていたが、この袖珍版では、新たに杉浦非水らによって描き下ろされているらしい(上掲2葉はいずれも非水画)。デザインチックな原色系彩色の絵がいい。私は特に上の絵の襟首つままれたネコが好きです。

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明治40年の軍人日記
軍人日記(明治40年)


しばらく前に古書市で購入したシロモノ。
筆者の自署がないので、いまいち詳細がわからないのだけれど、内容からして、たぶん下関要塞砲兵隊所属の徴兵3年目の古参兵が明治40年に記した日記らしい。記事は元旦から11月26日におよび、ほぼ毎日記される。
私は、こういうものを兵卒に書かせて、時折、上官が中身を検閲でもするのかと思っていたのだけれど、読んでみると、検閲なんかあったらここまでは書かないだろう、というような率直な内容が多く、純粋な個人日記らしい。
当時、兵役の期間は、制度上3年間なのだけれど、2年勤めると、帰休兵として事実上の除隊を迎えることができる可能性があった。この日記の冒頭では、筆者は帰休兵の可能性を夢想しているのだけれど、結果、それは実現せず、そのことに対して、上官がなにも慰労のことばを掛けてくれなかったことに、あからさまな嫌悪感を表明したりもしている。
芝居を見たり、遊郭にあがったり、痛飲して二日酔いに悩まされたり…と、人間臭い記事が多く、読んでいて飽きない。意外に、脱走兵も多かったらしく、数ヶ月置きに記事がある。以下、その中の1件。

砲兵助卒恒広成雄ハ、父ノ病気ニヨリ、郷里ヨリ新家中尉ニ宛テ電報飛ビ来レリ。中隊長ノ無情ナル遂ニ休暇ヲ許サズ、其手続ニモ及バザリケリ。夜ニ入リテ、班長ニ書ヲ遺シ、遂ニ脱柵、帰郷ノ不幸犯ヲ犯ス。其書ニ曰ク、「忠ナラント欲セバ孝ナラズ、孝ナラント欲セバ忠ナラズ。進退極マリ、意ヲ決シテ帰郷セリ。一週間ヲ期シテ必ズ帰隊スル」云々ト(昨夜十時頃)。




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『神代神巻短歌』
神代神巻短歌


古書市で入手。墨付全47丁。
奥書によれば、享保9年(1724)の成立。「亮任卿」と呼ばれる人物が、子供向けの『日本書紀』神代巻の啓蒙として、その内容を長歌に仕立てたものの由。それを、享保19年に実便なる人物が書写した、という。『国書総目録』や国文学研究資料館の「古典籍総合目録」などで、いろいろと検索してみても、一向に引っかからない――書名でも、著者でも、書写者でも。そもそも著者・書写者ともに素性が知れません。乞御教示――ので、いちおう「天下の孤本」ってヤツかもしれません。
このブログでも紹介した、東洋文庫で活字化された『和歌職原抄』は、宮廷の官職を和歌にして覚え易くしたものだったけれど、これはその神話ヴァージョンってところでしょう。本書の書名で「短歌」というのは、この場合、「長歌」のこと。『古今和歌集』で長歌をそう呼んでいるところから、それに倣ったもので、用例は少なくない。
このテの、初学者向け暗記用和歌集は、どうも各種製作されたらしい。国文学研究資料館の「古典籍総合目録」でためしにタイトル検索で「短歌」で検索かけてみると、それらしい書名がいくつかひっかかってくる。

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映画パンフ「早稲田大学」
ひと仕事の後、池袋で開催中の古書市に行ってみる。
送られてきた目録であらかじめ注文しておいた物の抽選結果を問い合せると、本命のブツはハズレだった。
会場を物色して入手したのが下掲のブツ。
早稲田大学

1952年公開の東映映画「早稲田大学」のパンフレット。
いろんな大学が映画の舞台になってるだろうけれど、実在の大学がタイトルになっちゃっているのは、この早稲田大学が唯一なんじゃないだろうか?早稲田大学創立70周年に際して制作・公開された。原作は尾崎士郎。ってことはつまり「人生劇場」の世界だろう、と見当がつくわけだけれど、「人生劇場」でとりあげられる早大争議ばかりでなく、大学創立から70周年の当時までがいくつかのエピソードで綴られているようだ。
先年お亡くなりになった早稲田の先生から、学生時代にこの映画のエキストラのバイトをやった、と聞かせてもらったことがある。学徒出陣のシーンのその他大勢の学生役だったらしい。
この映画、フィルムは残ってるんだろうか?一度観てみたいと思っている。
ところで、パンフレットにも写っている大隈重信の役は小沢栄(後の小沢栄太郎)。

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『キネマ旬報』2冊
今年初めての記事は、先日の古書会館での購入物。1940年に紙の統制などの状況から終刊に追い込まれた『キネマ旬報』は、戦後1946年に「再建」、さらに1951年に到って「復刊」され、今日に及んでいる。上記の「再建」と「復刊」の違いが当方にはよくわからないのだけれど、いずれにせよ、その「再建」から「復刊」直後ころのバック・ナンバーが、かなりまとまって出ていたので、その中から2冊購入。
キネ旬(ジュディ表紙)1

キネ旬(ジュディ表紙)2

いずれも「再建」後「復刊」前で、上は1948年5月下旬号、下は1950年2月下旬号。あんまり美本ではない(特に上のはかなり痛んでいる)ので、画像は小さくしときました。
多数のバック・ナンバーから上の2冊を選んだのは、いずれも表紙がジュディ・ガーランドだったから。ただそれだけ。ジュディ・ガーランドがわが心のスターだというのは、前にも記しましたね。
けっして見た目がとびきりの美形というわけでもなく、主演作品も日本ではあまりたくさんには公開されなかった彼女なので、どうもキネ旬の表紙をかざったのはこの2冊だけだったらしい。いや、むしろ2年ちょっとの間に2回表紙になったということは、意外に感じてもいいことかもしれない。
さて、この2つの写真、何の写真だろう?映画の場面ではないように思う。

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『古事記絵はなし 日本の神様』(有楽社)
久しぶりに古本の話をしましょう。
古事記絵はなし1

渋川玄耳・解説/名取春僊・編画『古事記絵はなし 日本の神様』(有楽社,1911.2.11,定価1円80銭)。
挿絵を担当している名取春僊(春仙)は、都新聞や朝日新聞の挿絵などで名をはせた著名な画家。後年、舞台俳優の浮世絵風版画でも有名になる人物です。その画家が、古事記を中心とした日本の神話・説話の挿絵を描いている。2頁見開きの右頁にお話の概要、左頁にその絵というレイアウト。いろいろなタッチの絵があり、飽きない。
上に掲げたのは、田道間守がトキジクノカグノコノミを探しに行く話を描いたもの。それに対する解説は下のような文章になっている。
古事記絵はなし2

けっこう大胆な解釈が無造作に投げ込まれている印象があるが、それがまた時代性を感じさせて興味深い。「韓国併合条約」締結の翌年の刊行というタイミングです。
カグノコノミ(解説では「蜜柑」としている)を求めに「南の方の遠い遠い海の先」に行く、というのも、オリジナルにはない具体的な地域設定。タイトルもズバリ「南洋」。明治から太平洋戦争期には、この「南洋」ということばに、独特のニュアンスがあったんだなァ。春僊の挿絵にも、たしかにそれらしい原住民が描かれている。

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市川春代と透明人間と蠅男
近所のショッピングセンターで古本市を開催していたんで行ってみた。
会場の性格からして、買い物ついでに立ち寄る一般のお客を相手にしたイベントなんだろうが、品揃えは、けっこうマニアにも魅力的な内容だった。数点購入。
主婦之友附録

えーまずは市川春代です。
『主婦之友』昭和14年(1939)7月号附録『レース編と夏の手芸品の作方』。内容じゃありません。とにかく春坊のカラー画像が気に入っただけ。しかし、戦前雑誌のカラー表紙の、この色合いがなんともイイ。写真にはない魅力。中身にも、春坊の写真が2カットあり。

そして、もうひとつ。
透明人間と蠅男

古い広告類の束の中にあったもの。一見、新聞の号外だけれど、新聞のタイトルが『毎朝新聞』。映画・ドラマなどに登場する架空の新聞の典型みたいな名前ですな。で、記事を読んでみると、山手線爆破の犯人は「蠅男」だと書いてある。SF映画の撮影に使われた小道具かと思ったんだけれど、裏面には映画「透明人間と蠅男」(1957年・大映)のストーリー紹介が写真入で記されてあり、どうも宣伝用のチラシの類だったようだ。

ま、それだけのことです。

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1930年代の宝塚少女歌劇のパンフと半券
さて、先日の古書会館での収穫のおはなしの続き。
宝塚1

宝塚少女歌劇のパンフレットです。昭和14年7月の東京公演。月組です。
このテのパンフは古書市では珍しくないのだけれど、今回手が出た理由は、これに「半券」がついていたため。それが↓。
宝塚2

いいですねぇ。この絵のタッチがなんとも言えません。入場券にもなかなか凝った意匠が用いられていたんですな。ちょっと珍しく感じたので、入手(それほど値も張らなかったしね)。
私は特に宝塚ファンでもなんでもない。公演はまだ一度も生を体験してません。とにかくこの1930年代のパンフレット等の表紙の雰囲気が好きなんですね。
ところがですね、この一括で売られていたパンフと半券、帰宅してよく見たら、違う公演の取り合わせだったんですわ。半券のほうは、ちょうどもぎられちゃった部分に年が印字されてたようで、年度は不明ながら、10月公演で、組も星組。少女像の背景に「marionnette」とロゴが入っていて、ここから年度も昭和10年(1935)と判明。「マリオネット」というレビューが上演されてんでした。で、実は同公演のパンフは、別ルートですでに入手済みでござんした。それが↓。
宝塚3

こっちは人物が入っていない分、ちょっと地味ですな。

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『週刊朝日』昭和7年新年特別号
週末は例によって古書会館へ。ここで報告してないだけで、ほぼ毎週行ってはいるんですわ。
本日まず手に取ったのは、今から75年前の『週刊朝日』の新年号。定価は30銭で224頁。「新年特別号」を謳っているので、普通号に比べて増頁で特別定価なんでしょう。
『週刊朝日』といっても、現在のような時事ネタはほぼ皆無。「誌上恋愛大学」と銘打って、各界の名士に恋愛の薀蓄を語らせたり、「職業婦人百態」「私が百万円持つていたら」などなどと、内容はいたって軟らかい。直木三十五や白井喬二・平林たい子といった人気大衆作家の小品や落語・講談も載っている。あくまでも大衆娯楽誌の趣。しかしですね、この1冊を購入するつもりになったのは、それらの記事の数々ではなく、口絵グラビアの中の4頁分に注目したため。
春坊

はい、「市川春代」です。「ある日のモダン・シンゴー」とのタイトルで、彼女が8つのポーズをとっている。「モダン・ガール」の見本のような姿で、それぞれに豊かな表情がいかにも彼女らしい。いいですなァ。

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「面芝居」?
顔芝居

ちょっとこのところご無沙汰だった古本市での買い物の話をば。
明治ごろのものでしょうか、なにかの興行の割引券のようです。
「元祖・面芝居」とあるけれど、「面芝居」って?
幕末から明治にかけての寄席芸人・松柳亭鶴枝(初代)は、今で言う「百面相」なのだが、役者の顔真似のようなことをしたらしい。枝鶴の2代目はさらに道具入り芝居噺に力を入れた由。おそらく、役者の声色ばかりではなく、初代ゆずりの顔真似入りで演じたものでしょう。
この「面芝居」も、「衣装・道具」ばかりでなく、義太夫の出語りまで入った派手なものであったようで(もっとも広告の大げささを割り引く必要はあるでしょう)、鶴枝の流れを汲む顔真似入りの芝居噺のようなものだったんでしょうか?

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『映画ファン』昭和13年8月号
『映画ファン』昭和13年8月号


別に珍しいものではありませぬ。戦前の映画雑誌としてはもっともポピュラーなもののひとつだった雑誌です。『キネマ旬報』がやや専門誌的性格が強いのに対して、当誌はより大衆向け、といったところ。むしろ後の『平凡』とか『明星』にノリは近い。
1934年創刊で、戦争中に一時休刊し、戦後1946年に再刊され、1959年まで刊行された。
本日、東京古書会館で手に入れたのは夏の特別号で、グラビアには映画スターの水着姿の写真が多く掲載されている。女優・男優半々です。で、表紙は我が「市川春代」。好きなんです。ええ。最近も「杉狂の花嫁日記」(1934年・日活)のビデオを入手して観たけれど、カワイイんだなァこれが。
しかし、昭和13年といえば、もちろん一方ではすでに中国との戦争は真っ最中なワケで、本号には、山中貞雄・小津安二郎らの中国従軍関係記事も掲載されている。山中貞雄は、本号が出版された後まもなく(9月17日)中国で戦病死する。

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あ~ら、めでたいなめでたいな…
和菓子包み紙


週末は例によって駿河台下の古書会館。
古書市にはさまざまな紙類が売りに出ていることは前にも触れたとおり。本日は昔の菓子の包み紙を求めた。
袋状に糊付けされている。未使用のようだ。
木版でなかなかきれいな絵が刷られている。
3人のお爺さんがメインに描かれるが、向って左側の人物が浦島太郎だというのは明らか。では、あとの2人は?
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歌舞伎座ニュース
歌舞伎座ニュース(13号)

このブログの1番最初の記事で「歌舞伎座ニュース」というパンフレットをとりあげたけれど、先日、東京古書会館の古書市で同タイトルのパンフレットを入手した。
しかし、先にとりあげた「歌舞伎座ニュース」が冊子であったのに対し、今回入手のものは、ひろげるとB3の大きさになる1枚の紙を折りたたんだもの。そこにその月の歌舞伎座のプログラムと粗筋、出演俳優の名前が書き出されている。刊記がまったく印刷されていないのだが、掲載されている映画の広告から、1952年4月のものらしい。つまり、前回掲載のものより1年あまり前のものということになる。
さて、その映画の広告というのは下に掲げるものなのだが、
映画「波」広告

最上部の惹句に「堂々4月3日原爆的公開」と謳ってある。
「原爆的公開」って、どういうニュアンスなんだろう?1952年4月。広島・長崎以後、第5福竜丸事件以前、というタイミングである。

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巌谷小波『日本昔噺・兎と鰐』(袋付き)
日本昔噺・兎と鰐


 巌谷小波(漣山人,巌谷季雄)が明治の中ごろに出したシリーズ『日本昔噺』のうちの1冊。明治28年10月初版発行で、今回入手したのは初版の翌年4月に出た再版。
 「兎と鰐」は、いわゆる「因幡の白兎」のお話。表紙の意匠が凝ってます。鰐皮を地として、兎が2羽デザインされているわけだけれど、このデザインセンスはなかなかなものだと思う(画は高橋松亭)。
 で、今回入手のもので珍しいのは、「袋付き」であること。江戸時代以来、明治のあるていどの時期までは、出版物は、この袋の中に入った状態で店頭に並べられていた。パッケージですから、たいがいは捨てられてしまう運命にあったのだろうが、ときどき袋ごと大切に保存されていることがある。今回手に入れたものも、袋ごと大切に保存するような持ち主をもったおかげで、実に保存状態がよい。ま、ちょっとお高かったけれども。

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2年越しの品定め
滋野親王外伝

金曜日恒例の東京古書会館。本日は「新興会」。版本・写本がけっこう豊富に出品される会。
会場をグルッと見て回ると、1冊の写本に目が留まる。それが上掲の『滋野親王外伝』。実は去年の春あたりからときどき見かける写本。
「滋野親王」といってもピンとくる人は少ないかもしれないが、清和天皇の皇子で、後に信州に下り土着、滋野氏の祖となった、とされる人物。歴史上知られる清和天皇のどの皇子に相当するか、諸説あるのだが、実はよくわからない、というか、多分に伝説的な人物。滋野氏は、その後海野氏となり、そこから真田氏が出てきた。江戸時代になって、真田藩(信州松代)の関係者が、主家の鼻祖たるこの滋野親王についての考証をいくつか著した。本書もそのひとつ。松代藩士の富岡知明が著した。内容はこれから詳しく読むところだが、様々な文献を博引し、滋野親王の伝記を考証しているようだ。寛政2年(1790)初春の成立。書写奥書がなく、いつの写本か不明だが、成立からそれほどたっていないころの写しではないか、と思う。
当方の出身は信州上田で、真田氏とは縁が深い。もう1年以上も買い手がつかないらしいこの写本が、このまま古書市でさらされ、痛んで行くのを見るのもしのびないように思われたので、ちょっとお高かったが購入した。本書、写本はまま流布しているらしいが、まだ翻刻等はない模様なので、まァ悪い買い物ではなかったと思っている。

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『文五郎藝談』(桜井書店)
文五郎藝談


一昨日の金曜日は例によって東京古書会館。「書窓会」。
『万葉集大成』版の『万葉集総索引』が3冊そろいで600円というとんでもない値段で出てたので、買って、必要としている人に譲る。(自分はすでに2部持っているので。)
装丁に惹かれて求めたのが掲げた1冊。文楽の人形遣いで晩年に難波掾を受領した吉田文五郎の芸談。中山泰昌という人が聞き書きを再構成したもののようだ。1943(昭和18)年に出版されたものを戦後(1947年10月)に改装して再出版したもの。昨日求めたのは、その再版(1948年9月,176頁,定価190円)。まだ物資が乏しい時代であったはずで、紙質などもけっしてよくはないが、せいいっぱい意匠を凝らしていることが伺えて、いとおしく感じた。
吉田文五郎はこの改装版出版時にすでに80歳になんなんとしていたが、その後も長命を保ち、その舞台姿はVTRにも残っており、芸をしのぶことができる。明治2年生れの名人の芸談は、なにもかもが現代離れしていて、読み飽きない。総じて、舞台人・芸人でその道に名を残した人の芸談につまらないものはないような気がする。

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引き札
引き札(仁徳天皇)

古書会館、今週は「和洋会」。
いまいち「これ」というモノがなかったのだけれど、引き札を1枚求める。
この図柄は仁徳天皇でしょう。高殿からあたりを望み、民家から煙が立ち昇っていないのを見て、民の疲弊を憂い、3年の間租税の徴収をとどめたところ、民家の竈の煙は盛んに立ち昇るようになり、天皇それを見て満足した、という故事。引き札の絵柄は、ふたたび民家の炊煙が盛んになった様を仁徳が眺めているところだろう。『日本書紀』などの記述に照らせば、高殿はもっと荒れ果てていないといけないのだが、そこはそれ図柄じたいは美しくなければならないので、かなり美麗に描かれている。衣服がカラフルなのも、同様に意図的なものだと思う。仁徳はじめ人物はどこか中国風。
引き札等に現わされた、明治・大正期の古代のイメージといったものにも、ちょっと興味を持っています。

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