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若林純『謎の探検家 菅野力夫』(青弓社)
今年のはじめごろであったか、古書市の古絵葉書の中に見つけた1枚は、なかなかインパクトのある1枚だった。
菅野力夫1
「世界探検家・菅野力夫」という肩書と仰々しい扮装から芬々と漂ういかがわしさ。しかし、しっかりとこちらを見据える目力はなかなかのもので、一度目にした者の視線を容易に離させはしない力がある。
安い値段でもあったのでくだんの絵葉書を買い求め、いったいこのご仁は何者であろう、と思ったものの、深追いもせずそのままにしておいたところ、間もなく、その人物について記した新刊書を書店でみつけ、早速購入。
謎の探検家菅野力夫謎の探検家菅野力夫
(2010/05)
若林 純

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(2010.5.22,266頁,\2,000〈本体〉)
菅野力夫の絵葉書というのは、絵葉書コレクターの中ではよく知られた存在であるようだが、菅野という人物についてはほとんど詳細は分かっていなかったらしい。ところが、著者によって、晩年の菅野が身を寄せていた縁者宅から、まとまった菅野の遺品が掘り出され、それによって、菅野の足跡がかなり明らかになった。本書は、菅野の遺品中のアルバムの写真や、著者所蔵の絵葉書を多く紹介しながら、菅野の探検家としての活動を紹介する。
明治の末から昭和の初めにかけて、菅野はアジア・中東・アフリカ・南米に旅し、その体験談を日本各地で講演し、併せて絵葉書を販売することで生計を立てていたらしい。昭和38年に死去する直前まで、講演活動を行っていたらしいから、私などにしてみれば、ついこのあいだまで生きていた人物である。そんな人物でも、もはや詳細がすっかり忘れられてしまったことには、人の世の有為転変が思いやられる。たぶん忘れ去られた一番大きな理由は、本人が著書を発表しなかったことにあるだろう。現在なら、ゴーストライターを使っても、まずは体験記を1冊出版するところだろう(たぶんその発想は、明治大正期にあっても同様だったのではないかと思われるが)。
しかし、この菅野力夫という人物、写真写りが実にうまい。絵葉書ばかりでなく、遺品から出てきたスナップ写真でもそれは遺憾なく発揮されており、魅力的な(ある種キッチュな魅力とも言える)写真でいっぱいである。とにかくこれらの資料を紹介してくれた著者・若林氏の功や大である。
著者によれば、菅野の絵葉書は現在までのところ95種が確認されているという。その後、ちょっと気をつけて見ているだけでも、たしかに何種類か目にすることができた。下に掲げるのはそのうちの1つ。
菅野力夫0
第3回の世界旅行(1923年1月-1925年8月)の後に売り出したセットらしいが、内容は第1回以来の写真を取り合わせたもの。中には絵葉書と一緒に、下のような紙片が同封されていた。
菅野力夫4
南米やフィリピンなどへの移民に関する情報を記し、仲介業者である「海外興業株式会社」の紹介をするもの。
移民というスタイルでの日本人の海外進出がさかんであった時期の雰囲気とリンクするものが、菅野の活躍にはあったことは確かだろう。若林氏著書からも、菅野と南米等の日本移民社会との交流が伺えるが、そんな体験談を披露して、新たな移民を促すようなはたらきを担っている部分はあったのかもしれない。
明治・大正期の日本人にとって、海外とは、今では比べ物にならないほどに日常から遠く離れた世界であったとともに、文字通り「新天地」としての魅力を湛えた世界でもあったんだろう。

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品田悦一『斎藤茂吉』(ミネルヴァ書房)
斎藤茂吉―あかあかと一本の道とほりたり (ミネルヴァ日本評伝選)斎藤茂吉―あかあかと一本の道とほりたり (ミネルヴァ日本評伝選)
(2010/06)
品田 悦一

商品詳細を見る

(2010.6.10,345頁,\3,000〈本体〉)
評伝として上々のものだと思います。対象の人物の経歴的な事実を追うだけでなく、個々の作品や文章の分析の冴えが、読み応えを感じさせる。第3章の『赤光』の短歌の分析が本書のクライマックスでしょう。
第5章・第6章の万葉ブームの中で、歌壇の第一人者として振舞う茂吉の去就の分析もとても面白かったが、こちらは、近代日本の万葉享受の流れをもっと大局的に捉えた別の成果を期待したいところ。
「敗戦」が、実は近代日本の思想的枠組みを、あまり根本的には変えていないのじゃないか―そんな見通しを本書は提示しているように私は見て取りましたが、近代的(国民国家的)万葉観の崩壊は、実は、ここ数年の間に起こったんじゃないか、と私などは思っている今日この頃なのです。万葉だけじゃなくって、〈上代文学〉という不良債権の残務処理を、我々は(好むと好まざるとに関わらず、あるいは、自覚するしないに関わらず)背負い込んでいるような気が、いくつかの身辺の出来事をとおして実感されるのです。
そのあたりの歴史的検証作業は、やってみる必要があると思っているのです。

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