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神野志隆光『漢字テキストとしての古事記』
漢字テキストとしての古事記 漢字テキストとしての古事記
神野志 隆光 (2007/02)
東京大学出版会

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(東京大学出版会,2007.2.20,228頁,\2,200〈本体〉)
東大駒場での学部生相手の授業に基づく内容。だから比較的分かりやすく説いてあって読み易い。当方としては珍しく最初から最後まで一気に通読しました(3時間ほどかかったけど)。
数年前に『古事記』を語り部のオババの口調で現代語訳した本がベストセラーになり、それがまた文庫化され、最近では『古事記』を中国少数民族の口誦表現と関わらせて論じる新書が出版されたりしているけれど、それらの『古事記』把握とは対極的な態度に立つ内容。
漢字によって書記されることで初めて成り立つ『古事記』の文体について、その周辺も含めて説く本書の内容には、基本的に納得が行く。
だけど、歌謡とのかかわりを説く第7・8節になると、俄然、なんのことやら理解不能に陥ってしまう。きっと私がバカなんでしょう。
『古事記』の地の文と歌謡の内容が合致しないように思えても、あるがままを『古事記』の方法として受け入れればいいのです。それを現代人のさかしらで、両者に齟齬があるとして原型に溯ろうとしたり、整合性を求めていらぬ深読みをしてはいけないのです。思考停止しなさい――って言っているわけじゃないですよね?
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